「——それでね、また駄目だったんです」
 
 お昼休憩の時間。図書館では常に誰かがカウンターにいなければならないので、休憩は順番に取る。外に出てもいいし、スタッフルームで食べてもいい。私はいつも手製のお弁当を持参して、先輩の紗織(さおり)さんとスタッフルームで昼食をとっている。
 
「そっかあー。それは惜しかったね。今度は本を渡す前に声かけてみるのはどう?」
 紗織さんはニコニコと優しく笑って、いつも通り私の話を聞いてくれる。この図書館の中では一番のベテランである小松(こまつ)紗織(さおり)さんは、私がここに転職した時から何かと助けてくれる、頼れるお姉さん的存在だ。
「そうですよね……。でも、いきなり話しかけたりなんかしたら、やっぱり引かれますよね?」
「そんなことないんじゃない? むしろ内心喜ぶかもよ?」
「え、喜ぶ……? 進藤さんが、ですか?」
 紗織さんはうふふと笑った。
「うん。だってあの人、いつもひなたちゃんのカウンター目掛けて来るじゃない? え、もしかして気付いてない? ひなたちゃん以外のスタッフのところには全く寄り付きもしないのよ?」
「そう……なんですか?」
 気付いていなかった。確かに、よく来るなとは思っていたけど、それは私を選んでくれていたからなのか。……どうしよう、ちょっと嬉しいかも。
「あー、にやけてる。もういっそ告白しちゃえば?」
「なっ、何言ってるんですかっ⁉︎ 無茶ですよそんなの! それに、告白するほどまだあの人のことよく知らないんですから」
 紗織さんは楽しそうに私をからかう。なんかこういうの、女子高生時代を思い出してしまう。
「大丈夫よー、そんなの! 知ってから付き合うのも、付き合ってから知るのも、要は同じじゃない」
 ……同じではない、と思う。だって、いざ付き合ってみて嫌な部分ばかり見えてきたら取り返しがつかないじゃない。ていうか、なんか付き合える前提みたいになってるけど、そもそも彼は私のことなんか眼中に無いかもしれないのだ。
「それとひなたちゃん。進藤さんてあの通りイケメンだから、うちの図書館でも狙ってるコ多いのよ? ぼやぼやしてたら、誰かに取られちゃうかもよー?」
「えっ」
 確かに、進藤隼汰はイケメンだ。スラッと背が高く、手足も長い。横顔も後ろ姿も、どの角度から切り取っても素敵だった。初めて近くで彼を見た時、遠くからではわからなかったその端正な顔立ちに、思わず胸が高鳴った。私は完全に、恋に落ちていた。
 
「そういうこと。それじゃ頑張ってね、ひなたちゃん」
 紗織さんはそう言って椅子から立ち上がると、ポン、と私の背中を軽く叩いた。
 頑張ってね、って言われても……。私は苦笑いで彼女を見返すと、まだ半分残っているお弁当の蓋を閉じた。