「あなたの言った通り、俺には妻がいます。結婚して、今年で四年目になります。
 妻とは、仕事で知り合いました。俺はその頃、まだ字幕翻訳だけでは生活できなくて、小説や雑誌の翻訳を主にやっていました。彼女は俺がお世話になっていた出版社の編集者で、原稿の受け渡しで出会ったのが最初でした。本が好きな人で、いつか自分の担当した作家の本をベストセラーにするのが夢だと、よく言っていました。彼女は太陽のような人で、いつも俺に笑顔で接してくれました。お互いに気が合って、付き合い始めるまでにそう長くはかかりませんでした。
 それから、俺は彼女と結婚しました。この家を買って、一緒に暮らして。とても幸せでした。でも、結婚によって一つだけ変わってしまったことがありました。——彼女の仕事です。彼女にしてみれば、仕事関係者と結婚したわけですから、当然俺の担当編集者ではいられなくなりました。それだけではなく、彼女は編集部にもいられなくなり、営業部へ異動となりました。本を作るのが夢だったのに、俺と一緒になったせいでその夢を遠ざけてしまった。でも、彼女は少しも落ち込んだ顔は見せませんでした。きっとまたチャンスはある、と。本が作れなくても、本を売ることはできる、と言って。俺は、申し訳ない気持ちでしたが、彼女が前向きである以上、俺が落ち込むわけにはいきませんでした。早く字幕翻訳家として成功したい。そう思って、必死で働きました。
 彼女は営業部へ異動してからも、毎日楽しそうに働いていました。大きな書店から小さな書店まで、靴の底が擦り減るくらい毎日動き回っていました。——ちょうどあの日も。
 三年前、俺はようやく大きな仕事を掴みました。ハリウッドの有名な監督が手掛けた映画の、字幕翻訳を任されたんです。本当に嬉しかった。ようやく、チャンスを掴んだんです。彼女もとても喜んでくれました。二人でささやかなお祝いを……食事をする予定でした。仕事が終わったら連絡する、と言って。行ってきます、と笑顔でこの家から仕事へ出かけました。だけど、彼女は待ち合わせ場所には現れなかった。連絡もつかず、俺はどうしたらいいのかわからなかった。ようやくかかってきた電話は、警察からのものでした。