進藤さんの自宅玄関には、男物の靴だけが並んでいる。廊下を抜けて案内されたリビングは、きちんと整頓されている印象だ。というか、整頓されすぎている。物が少なく、家族で暮らしているというよりは、男性の一人暮らしの部屋だと言った方がしっくりくるくらい。ダイニングテーブルには椅子が四脚。アイランド型のキッチンカウンターには観葉植物のポットが置かれているが、その葉はすっかり枯れてしまっている。水をやらなかったのだろうか。
 
「今お茶淹れますので、適当に座っててください」
「すみません、お構いなく」
 ダイニングテーブルの椅子を引き、私はそこにちょこんと腰掛けた。
 キョロキョロと部屋を見渡す。失礼だとわかってはいるものの、他人の家はどうにも落ち着かない。
「はい、どうぞ」
 コトン、と目の前に置かれたマグカップから、心地良い香りが昇る。
「ありがとうございます、いただきます」
 進藤さんは自分の分のカップを持ち、私の斜向かいに座った。淹れてもらった紅茶を一口啜る。ホッとする味だ。
「美味しい……」
「良かった。ロイヤルミルクティー、お好きかと思って」
「はい、好きです」
 そう答えると、進藤さんはまた、いつか見せたような寂しそうな顔で笑った。
「綺麗なお家ですね。進藤さん、もしかしてミニマリストってやつですか?」
 この家には圧倒的に物が少ない。だとしたら、彼の奥さんもそういう人なのかもしれない。物が少ない部屋に、植物が描かれたカーテンだけが唯一、存在感を放っている。
「いや、そういうわけでも……。ただ、一人だと実際そんなに必要なくて」
 一人。奥さんはどこへ行ったのだろう?
「あの、進藤さん。本当に、ここに一人で住んでらっしゃるんですか?」
 だとしたら、あのニシダという人の話は?
 進藤さんは私の質問には答えず、手に持っていたカップを静かにテーブルへ置いた。
 
「ひなたさん」
「はい」
「これから話すこと、あなたに信じてもらえないかもしれません。何も言わず、最後まで聞いてもらえますか?」
 進藤さんは真っ直ぐに私の目を見る。こんな状況なのに、私は彼にときめいている。手を伸ばして、その頬に触れたいと思っている。私は膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。
 
「はい。聞かせてください」