「萌ちゃん、さっきは本当になにもされていなかったの?」

「なにもって……なにかあったのか? 萌ちゃん」

 勢いよく私を見た文博さんに慌てて答えた。

「なにもないですよ。ただ、その……昔の知り合いの人に言われた言葉とそっくりなことを碓氷さんに言われて、それでなんか思い出しちゃって」

 そこまで言うと文博さんは察してくれたようで「そうだったのか」とか細い声で呟いた。

「和泉君にも余計な心配をかけちゃってごめんね」

「いや、俺は萌ちゃんになにもなかったならいいんだ。……俺だって話を聞くことはできる。だから遠慮なくいつでも頼って」

 和泉君は困っている人がいれば、迷いなく手を差し伸べることができる優しい人だ。これまで何度助けられてきたか。

「ありがとう。じゃあその時はよろしくね」

「あぁ、約束だぞ? あ、そうだ! 約束で思い出した。今度の土曜日、父さんに言って休みをもらったから凛ちゃんとふたりで公園に遊びに行ってもいいかな?」

 約束と言われ、私も凛と和泉君が交わした言葉を思い出した。

「もちろんいいけど、和泉君が大丈夫? せっかくの貴重な休みなのに」

「貴重な休みだからこそ凛ちゃんと遊ぶんだよ。あ、ちなみにふたりっきりで遊びたいから、萌ちゃんは来なくていいからな?」

 なんて言うけれど、優しい和泉君のことだ。私が翻訳の仕事をしたり少しでも休めたりできるように気遣ってのことだろう。

「了解です。邪魔者は仕事に勤しませていただきます」

「うん、そうして」