「萌を幸せにしたいと思う。だからずっと後継者として精進してきた。でもその幸せは果たして裕福な暮らしなのかと、最近ずっと疑問に思っていてさ。……俺はどんな生活になったとしても、萌と一緒なら幸せだと思うんだ」

 それは私も同じ。遼生さんとふたりならそれ以上の幸せは望まない。

「碓氷不動産会社の社長の椅子と、萌との結婚。どちらかを選べと言われたら俺は迷いなく萌との結婚を選ぶ。でもその選択をすれば俺は今の地位を失い、萌にたくさん苦労をかけるだろう。お互いの両親に祝福されないまま結婚することになるかもしれない。……そうなったとしても、萌は俺と同じ道を歩んでくれるか?」

 遼生さんの声は少しだけ震えていて、緊張しているのが伝わってくる。きっと遼生さんは私の知らないところでたくさん考えて悩んでいたのだろう。
 ふたりのことなのに、遼生さんが悩んでいたことに気づけなかった自分が情けない。

 私は彼の手をギュッと握りしめた。

「遼生さんは初めて旅行に行ったことを覚えていますか?」

 突然旅行の話をし出した私に戸惑いながらも彼は答えた。

「……もちろんだ」

「山の上にある素敵な宿で、麓には綺麗な川が流れていて将来、地方の田舎でのんびり暮らすのもいいなって話したことも覚えていますか?」