「医者や家族は無理に思い出さなくてもいいと言うが、それではだめな気がするんだ。何か大切なことを忘れているようでたまらない。……でも思い出そうとするたびに激しい頭痛に襲われ、なにも思い出せないジレンマに悩まされている」

 そう、だったんだ。再会してからの彼はいつも明るくて、そんな風に悩みを抱えていたなんて思わなかった。

「頭痛を引き起こすのは、俺にとってよくない記憶だからじゃないかとか、周りが隠すほどのことをしてしまったのではないかと苛まれてもいる。記憶を取り戻すまでは、結婚してはいけない気がするんだ」

 遼生さんにとって私と過ごした二年間は、思い出したくもない記憶だったのだろうか。そう思うと、彼には申し訳ないけれど、このまま二度と彼には記憶を取り戻してほしくない、な。

 思い出せないまま私たちと東京に戻るまで過ごして、いい思い出のまま離れたい。

 そんな身勝手な思いが頭をよぎる。

「両親に会社のことを考えて早く結婚しろと勧めてくる相手がいるが、俺はこの人だと思える人と結婚したいんだ。三十手前の男がなにを言ってるんだと思われるだろうけど、運命の相手は必ずいると信じている」

 それは昔、遼生さんに言われた言葉。ずっと彼は〝運命の出会い〟を信じていて、その相手が私だと言ってくれたよね。