遼生さんは今年で二十九歳になるのだから、結婚していてもおかしくない年齢だ。ずっと左手薬指には指輪をしていないし、奥さんがいる様子も見られないから確認したことがなかったけれど、彼の今の恋愛事情はどうなっているのだろうか。

 碓氷不動産の後継者だもの、見合う相手がもういるのかもしれない。

 聞きたいけれど、なぜか聞くことに恐怖を覚えて声が出てこない。すると遼生さんは凛の髪に触れながら続けた。

「友達の子供に何度か会ったことがあるんだけど、その度に可愛いな、早く俺も欲しいと思うんだ。……だけど、記憶を失った俺に結婚して家庭を持ち、父親になる資格があるのかわからなくて」

「どういうことでしょうか?」

 思わず聞き返すと、遼生さんは少しつらそうに表情を歪めた。

「家族や友人のことを覚えているのに、二年間の記憶だけを失ってしまった。その間に出会った人や出来事はなにも覚えていないんだ。現に大学を出て働いていたはずなのに、事故後はその記憶がなかった。せっかく築いた人間関係も得た知識もすべて」

 一呼吸置き、遼生さんは苦しい胸の内を明かしていく。