「今日はご馳走様でした」

お店を出て、二人で栗林に礼を言う。

「こちらこそ、おつき合い頂いてありがとう。楽しかったよ」

さくらは、じゃあ私、こっち方面の電車なので、と言って二人と別れる。

少し歩いた所で、ちょっと待って!と栗林が追いついてきた。

「栗林さんも、電車こっちなんですか?」
「ああ、うん。違うんだけどね、こっちに行きたくて」
「寄り道とかですか?」
「うん、まあ、そんなところかな」

だが、しばらくすると、急に両手を合わせて頭を下げる。

「ごめん、違うんだ。さくらちゃんに話があって…遥ちゃんがいたから言えなくてさ」

ああ、そう言えば、話があるって言われてたなと思い出し、さくらは立ち止まる。

「なんでしょうか?お話って」
「うん。あのね、さくらちゃん、うちの部署に異動する気はない?」
「…はい?栗林さんの部署って、不動産事業部ですか?」
「そう。さくらちゃんさ、細やかな気遣いしてくれるでしょ?来客の方にもいつも喜ばれるんだ。今日の滝田社長もそうだったしね。だから、うちの部署に来て、俺と組んで仕事してくれたら助かるなって思ったんだ。どうかな?」
「ど、とうって、そんな…。全く考えてなかったです。他の部署に行くなんて」
「そうなの?でも受付って、言い方悪いけど、ずっと続けられる部署とは言えないしね。ある程度経ったら、違う部署に異動願出す人多いよ」
「ああ、やっぱりそうなんですね。遥にも、30歳過ぎて受付やってた人はうちにはいないって言われて…」
「うん。だからさ、考えてみてくれない?」

さくらは、うつむいて思案する。

「その…、すぐにはお答え出来なくて」
「そうだよね。もちろん今すぐ返事はしなくていいよ。しばらく考えてみてくれる?」

はい、分かりましたと、さくらは頷いた。