置いていかれるのが嫌なのも、お父さんに置いていかれた過去があるから。


 ずっとそばにいてほしいのも、いてくれるお父さんがいないから。


 緋織先輩の気持ちはいつだって、いたはずの父親へ馳せられている。


 敵うわけがなかった。


 緋織先輩を本当の意味でずっと笑顔にできる存在は、俺という血縁があるだけの他人じゃ務まらないんだ。


 だったら……この際、代わりでもいい。


 俺は静かに体を離す。


 緋織先輩の頬に残る涙の痕に手を添えて、拭った。


 それでも、彼女には笑顔でいてほしいなんてわがままは……許されないだろうか。



「スイくん。聞いてくれて、ありがとう」



 ふにゃりと笑う緋織先輩。


 心なしかすっきりしているように見える。
 


「スイくんは優しいね。もっと、怒っていいよ」

「怒りませんよ」

「お父さん扱いなんて嫌だったでしょ。怒って」



 お願い、なんて言われちゃ、従うしかない。



「はぁ……なんなんですか、緋織先輩」

「うん」

「罰として、一生一緒にいる呪いをかけてやります」

「うん……え?」

「愛する娘を一人にするわけにはいきませんから」



 父親のふりをして、ほんの少し想いをこぼす。


 愛してます、緋織先輩。


 一生どこにもいかないから、一生どこにもいかないでほしい。