抱き合ったまま、俺の胸に顔を擦り付けて緋織先輩は口を開く。



「あの、ね……『緋色の織』、読んだことあるよね?」

「はい。……すみません、勝手に」

「ううん、それはいいの。私はなんにも大事にしてないから……。あれね、お父さんが一番最後に出した本なの」



 お父さんが出した本?


 作者が、緋織先輩のお父さんだということ?


 緋色の織。タイトルに緋織先輩の名前が入っていたから興味本意で手に取った本。


 内容としては、中流階級の主人公の男がもっと上流を目指そうとして失敗する話だった。


 いわゆる、バッドエンドもの。


 最後に娘と嫁と一緒に幸せに暮らす……夢を見ながら一生を終えるという、なんともわだかまりの残る小説。


 それを、緋織先輩のお父さんが。



「最後まで、読んだ?」

「読みました」

「よくない終わり方だったでしょ。……たぶんね、あれがお父さんの考えた自分の死に際、なんだと思うんだ」



 嫌な想像が頭をよぎった。


 あの主人公が、どうやって最期を迎えたかというと……。



「お父さんは……自分はもう上にいけないって確信して、薬で……」

「……」

「私はね……悲しいよりも先に、怖いって、思った。全然理解できなかったから。最期に家族のことを考えるなら、なんでそっちを優先できなかったのかなぁ……」



 できないくらい、特別だったんだろうなぁ……、と。


 緋織先輩は冷たく呟いた。


 そうか。


 特別な一つがダメになって絶望したのは緋織先輩じゃなくて、お父さんだったのか。