「行っちゃやだよっ!」



 俺の手をぎゅっと掴んで離さない緋織先輩に、内心にやけが止まらない。


 緋織先輩は本気で嫌がっているというのに。


 引き留めてくれるの、嬉しい。行くのやめようかな。



「なあに、どうしたの騒いで」



 二年生の廊下で話していた俺達に、緋織先輩の取り巻き①が教室から顔を覗かせる。



「しぃちゃん聞いて! スイくんが新聞部の体験に行くって! 付いて行くのもダメだって!」

「一人で行くことを約束してしまったので」

「なんでなのっ! 危険なのはわかったって言ってたのにっ!」



 危険だから行くんだ。


 同居しているのが公になるだけなら構わないけど……あることないこと偏向報道するだろう、あの人は。



「そう。スイくんも成世先輩に目を付けられちゃったのね」



 顎に手を添えて意味ありげな視線を送ってくる取り巻き①。


 せっかく緋織先輩が俺だけを見ていてくれたところを邪魔されて心が冷めていく。


 早く行って、早く帰ろう。


 名残惜しいけど、緋織先輩の手を堪能するのはここまで。


 少し後ろに下がれば、いとも簡単に手は外れた。



「……、怖くなったらすぐ逃げるんだよ」

「はい、わかりました」

「目を離さないでゆっくり後ろに下がるんだよ。背中を見せたり走ったりしないで、少しずつ距離を取ってね」

「熊の逃げ方?」



 反射的に返した俺の言葉で、緋織先輩は笑顔になった。