椋毘登はそれを聞いて、思わずその場で大きくため息をついた。そしてさらに手を上げて頭を抱える様子を見せる。

「はぁー、本当に叔父上のいいそうなことだよな」

「え、椋毘登は違うの?」

「別に全てが間違ってるとはいわないけど。俺自身がどういう立場でいれば、蘇我の為になるかは常に考えているさ。だけどそこに額田部は関係ないよ」

「じゃあ、やっぱり立場とかは関係ないってこと?」

「まぁな。というか単にお前がたまたま額田部の生まれの子だった。ただそれだけのことだ」

「椋毘登、そうなのね。それを聞けて私安心したわ」

 それを聞いて稚沙はほっと胸を撫でおろす。やはり最初から椋毘登に直接確認すれば良かったのだ。

 それから椋毘登は、稚沙に顔に顔をくっつけてきていった。

「だが稚沙、今後も人から何かいわれたり、不安になることがあれば、俺に直接聞いてくれ。俺だってお前が辛い思いをするのは嫌だから」

「うん、椋毘登分かった。これからはそうするね」

 これでどうやら稚沙の悩みはすっかり無くなった。そして今後も似たようなことがあれば、椋毘登に直接全部聞くことにしよう。

「よし、せっかく蛍を見にきたことだし、もう少し近くで見ることにするか」

「え、近くで見れるの?」

「あぁ、そうさ。じゃあ、とりあえず川の側まで行ってみよう」

 椋毘登はそういうなり、彼女の手を掴んで川の側まで歩いて行った。

 そして稚沙を石橋の所に座らせると、彼は袴を膝くらいまで折り曲げて縛った。そしてそのまま川の中に入っていく。どうやら素手で蛍を捕まえるつもりらしい。

(え、蛍を捕まえるなんて出来るの?)

 彼は川の中で止まると、動きをやめてしばらく蛍を観察してみる。
 そしてその後に両手で勢いよく掴もうとするも、動きの早い蛍を、そうそう簡単に捕まえることはできない。

「くそ、やっぱり素早く手で捕まえるのは難しいか...」

 そこで彼はやり方を変えることにした。手を横に真っ直ぐ伸ばして、自身は全く動かないようにする。そしてそこに蛍がとまるのを待つことにしたようだ。

(椋毘登、頑張って...)

 それからしばらく待っていると、ついに一匹の蛍が椋毘登の手元にとまってきた。

(よし、今だわ!)

 稚沙も静かに石橋に座ったまま、固唾を呑んで椋毘登の行動を見守る。

 すると椋毘登がもう片方の手をゆっくり近づけて、一気に蛍を捕まえることができた。

「椋毘登、やったわね!」

 稚沙も彼の成功に喜び、思わずその場で万歳をして見せる。

 彼女がひどく喜んでいるなか、椋毘登は蛍を逃がさないようゆっくりと歩きながら、川の中から戻ってきた。
 そして彼女の目の前でそっと手を緩めて、中の蛍を見えるようにしてくれた。

「わぁ、凄いー!」

 そして彼は蛍が落ち着くのを待ってから、さらに手を広げてみせる。
 すると中からぱっと蛍が外に出てきて、稚沙の目の前をビューンと飛んで行った。

「稚沙、どうだ。近くで見れただろう?」

「うん、すっごく綺麗だった。椋毘登ありがとう!」
 
 それからさらに蛍の数が増えだし、2人の顔も互いにはっきりと見えるほどになってきた。