数日後、稚沙(ちさ)は女官の人達に支給される食事を取りに向かっていた。

 食事は1日2回で、宮で働く者は毎日支給される食事を取っている。

「あぁ〜お腹空いたな。早く食べたい」

 この時代の権力者達は贅沢な食事を食べれるわけだが、宮仕えの人達となると、身劣りする食事が支給されるのは否めない。
 米、イワシの煮つけ、野菜汁、漬物等で、さらにお米の量も位や仕事の内容で変わってくる。

 そして食事は膳部(かしわでべ)の人達が作ってくれている。なのでその人達の働き場所に取り行っているのだ。

 ここの宮の女官達は多少の噂話をする時もあるが、基本的には皆働き者である。

 また大臣(おおおみ)の妻が女官という場合もあり、他の人達も夫婦で働いていることもごく一般的である。

 その為稚沙自身も、出来ることなら今後妻となった以降も、女官を続けたいと考えていた。

(でも、椋毘登(くらひと)はその辺はどう考えているんだろう?そこら辺も一緒に聞いておけば良かったかも)

 稚沙はそんなことを考えてる時だった。彼女の場所から少し離れた所で、急に人の叫び声が聞こえてきた。

「ほ、本当に申し訳ありません!」

 誰かが相手に謝っているようなので、何かの仕事で失敗をやらかしてしまったのだろうか。

 稚沙がふとその人物の姿を見てみる。一人は小墾田宮(おはりだのみや)の仕える宮人で、もう一人はあの境部臣摩理勢(さかいべのまりせ)だった。

(ま、まずい境部臣摩理勢だわ)

 稚沙は自分も巻き込まれてはたまらないと思い、何とかその場をそっと離れようとした。

 だが摩理勢の方は、まだ腹を立てているようで険しい顔つきをしている。

「こんな用件も満足に出来ないとは、お前とお前の一族は全く頼りにならない!」

「これでも今精一杯、資材の納品を急がせているところです」

「いつまた何時、百済より応援の要請が来るか分からないときに、お前といったら...」

 すると摩理勢は腰にあった剣を抜いたようで、宮人の男はさらに慌てふためいている。

(このままじゃ、相手の男性が殺されてしまう)

 稚沙はどうしたら良いかと慌てる。今自分が出て行ったら、自身にまで危害が及ぶかもしれない。
 でもだからといって、この状況下を野放しにもしたくなかった。

 すると彼女のそばを、1匹のネズミが横切っていこうとした。

(こ、これなら...)

「きゃーネズミ〜!!!」

 稚沙はちょっと大袈裟にして、その場で叫んだ。

 それは彼ら達の耳にも入ったようで、流石にここで問題ごとを起こすとバツが悪いと思ったのか、摩理勢は一旦刀を鞘に戻した。

 彼はかつて征新羅大将軍(せいしらぎたいしょうぐん)にも任命された人である。そんな痛烈な人物なので、彼を怒らすとただでは済まされない。