「ち、ちょっと稚沙、急に一体どうしたの?」

 古麻は突然やってきた稚沙の余りの必死さに驚き、ひどく困惑した表情を見せる。
 それは彼女が仕事をしている最中に、いきなり「古麻ー!」と叫びながら稚沙が走ってやってきたからである。

 日頃からそそっかしい稚沙ではあるが、今はそれどころではないといった様子なのだろう。

 古麻は仕方なく、稚沙を連れて仕事場から少し離れた場所へと移動する。

 そして話の出来る場所までやってくると、稚沙は古麻の服を掴み、少し揺さぶりながら口を走らせた。

「さっき、他の女官達が椋毘登のことを話していたの!」

「はぁ、椋毘登?」

「そうなの!椋毘登と古麻が以前に噂になっていたとか、椋毘登は色気のある娘が好きだとか、あと相手が複数人いてもおかしくないからまだ狙えるとか」

「あぁ、その話しね......」

「私、そんなの全然知らなかったから〜」

 稚沙は古麻の返事も聞かずに、自身の心内を思いのままに吐き出した。そして感情がさらに高ぶり、段々と涙目になってきた。

 そんな稚沙の態度に、古麻は「もう稚沙、いいから私の話を聞きなさい!」と彼女を強く叱った。

 普段から余り怒らない古麻が声を張り上げたので、稚沙は思わずビクッとしてしまい、そのまま大人しくなってしまった。

 そんな稚沙を見た古麻は少し呆れた顔をするも、彼女にことの経緯を説明し始める。

「確かに以前、私と椋毘登が噂になっていたのは本当よ。稚沙と椋毘登が他の人達にバレずに会えるよう、私も色々協力していたからね」

 稚沙はそれを聞いて思わず「はっ!」とする。それに関しては十分心あたりがあった。

 2人の関係が周りに気付かれてしまうと、何かと面倒だと思った椋毘登が、古麻にも介入してもらって、何とか2人が会えるように以前は計らってもらっていたのだ。

 ただそれも、最近は2人だけでも上手くことが運ぶようになってきたので、古麻がそこまで介入することはなくなった。

 だがその関係で、椋毘登と古麻が接する機会が自然と増えていたのは事実で、それで稚沙ではなく、古麻と噂されるようになっていたのだ。

「あ、うん、そうだった」

 稚沙はやっとことの成り行きを理解する。この二人が噂されるに至ったのは、元をただせば自分にも責任がある。

「もう、本当に稚沙ときたら」

 古麻はそんなそそっかしい稚沙を見てやれやれとため息をつくが、彼女は尚も続けて話をする。

「それで、宮の人達に椋毘登とは何にもないことを伝えると同時に、相手が稚沙だとばれないよう、椋毘登の好みを適当にいったのよ」

「あぁ、それが椋毘登は色っぽい女性が好きって話になったのね」

「まぁ、その場で私が適当にいったことだから、椋毘登本人の本当の好みは知らないけどね」

 それを聞いた稚沙は思う。椋毘登がどんな女性が好きかについての話は、全く聞いたことがない。ただ自身が彼の好みに叶っているとも中々考えにくい。

「うーん、椋毘登の好みは私も実際のところ分からない。きっと彼は私の中身を見てくれたんだと思うわ」

「まぁ、稚沙がそう思うならそれでも構わないけど、でもその女官達がいっていたように、余り油断はしない方がいいんじゃない?」

「へぇ?」

「だって、稚沙よりも魅力的な女性なんて沢山いる訳だし、もっと積極的な人だっているわ」

「まぁ、それはそうなんだろうけどね。あはは...」

 先ほどの女官達の話を聞いたばかりなので、古麻のいうことは全くその通りだろう。