「また迷惑掛けちゃって......椋毘登本当にごめんね」

 稚沙は彼の背中で、顔を埋めて泣きたいの必死で我慢しながらそう答える。

 2人は山を降りて、今は稚沙の住居に向かっている途中だった。彼方では美しい山並みが夕日に反射して、より一層綺麗な光景を表していた。

 いくら椋毘登とはいえ、さすがにずっと稚沙を背負ったままなのはキツイので、時々休憩を挟みながら、そんな景色を横目に見ながらゆっくりと目的地へと向かっていた。

「まぁ、お前は小さくて軽いから、子供背負ってるのと大差ないよ」

(それってつまり、私が子供だっていいたいの)

 それを聞いた稚沙は思わず頬を膨らませて、むすっとしてみせる。

 椋毘登も背中越しに稚沙が腹を立てているであろうことを感じ、少し愉快そうにしてクスクス笑った。

「まぁ、これはこれで中々俺は楽しいと思ってるよ」

 彼は思いのほか、この状況下を楽しんでいる様子である。

「それに他の男にお前を背負わせる訳にもいかないからな」

「椋毘登それって、私が他の男の人に背負わせるのが嫌ってこと?」

 先ほども厩戸皇子が稚沙に手を差し伸べようとした際に、彼はとっさにそれを止めさせた。

「ま、まぁ、そのへんはこっちの問題だから、お前は気にするな」

 椋毘登は少し恥じらいの表情をうかべて、稚沙にそう答える。

(ふーん、男の子って色々あるのね)

 未だに恋愛初心者の稚沙にとって、どうも繊細な男子心というものは理解しにくい。

 稚沙は椋毘登に背負われながら、改めて辺りの風景に目を向ける。
 今日は朝早くに出発していたが、今はすっかり夕方である。自宅につくのは割とぎりぎりになりそうだ。

(私は、飛鳥のこの風景が好きだな)

 それから稚沙は、体を少し椋毘登の背中にもたれさせてみる。
 すると何故だか分からいが、何となく以前にもこんなことがあったような気がしてくる。

「ねぇ、椋毘登。こうやって背負われていると、とても懐かしい感じがしてくるの。何でかな?」

「え?俺はお前をおぶったのは今日が初めてだぞ」

「うーん、それは、そうなんだけどね」

 人におぶってもらうなんて、自身の家族以外にはないはずだ。だが椋毘登に対してはどうしても懐かしさが込み上げてくる。

(本当に不思議な感覚なのよね~)

「そういえば、今日の狩りはどうだったの?椋毘登も上手くできた?」

「俺は2頭、他の人達で1頭って所かな?ちなみに厩戸皇子は4頭も捕まえていたよ」

「へぇ~やっぱり厩戸皇子はすごい!でも椋毘登もちゃんと狩り出来たんだね」

 稚沙は椋毘登の報告を受け、心はずませながら、我ごとのように嬉しそうして話す。

「そういうお前は、ちゃんと薬狩りは出来てたのか?」

「うん、足を挫くまでは頑張って、いっぱい薬草を見つけていたわ」

「ふーん、それを聞いて安心した。薬狩りもままならないのに、足を挫いたとなったら本当に呆れる」

「ちょっと、椋毘登。それは酷いんじゃない!」

 稚沙はそういってから、手でバンバンと椋毘登の背中を叩いてくる。

「こら、稚沙!俺はお前をおぶってんだぞ!」

「ふん、椋毘登がいけないんだから」

「本当に、お前はそういう所が子供だよな」

 椋毘登はそういうなり、声を出して笑った。

 2人はそんなやりをしながら、稚沙の住居へと向かっていった。