「それならどういえば分かりやすいかな……じゃあ、君の同族だった葛城を衰退に陥りさせた大和の大王がいただろう?それは俺の息子さ」
 
 それを聞いた椋毘登はとても目を丸くして驚いた。その人物ならば彼も知っている。
 その人物は大和にとって、とても偉大な大王として、飛鳥の時代になった今なおいい伝えられている。

 その大王は連合政権だった当時の大和において、大王を中心とした政を強固に進めながら、その勢力図を広範囲に著しく広げていった人物だ。

「たしか、大泊瀬(おおはつせ)……幼武大王(わかたけるのおおきみ)か」

「そう、そいつだよ。まさか自分の息子がこうも名をはせる大王になるは、本当に意外だったよ」

 彼は自身の頭に手を置いて、少しやれやれといった表情をする。自身の息子ながら本当に恐れ入っているのだろう。

 椋毘登はそんな彼の発言を聞き、何とも不思議な光景を見ていると思った。
 これまで自分が夢の中であっていた人物が、まさかあの幼武大王の父親だったとは。

(見た目は俺より、数歳年上ぐらいの人物に見える。まぁ今は体が無いようだから、そこまで気にすることでもないか)

 そんな椋毘登の動揺をよそにして、その青年はさらに話を続ける。

「だが、そんな話をするために、君の前に現れた訳じゃない。君に一つ頼みたいことがあってね」

「え、俺に頼みたいことですか?」

「実は俺の妃が、君がいる時代に生まれ変わっていて、その彼女に今危機が迫っているんだ。だからそれを君に助けてもらいたい」

「え、どうしてそれを俺に頼むんですか?」

「これは君にしか出来ないことなんだ」

「俺にしか出来ないこと……」

 椋毘登には何が何だかさっぱりである。
 彼の妃が自身と同じ時代に生まれ変わっているといっても、それと自分にどんな関係があるというのだ。

「どうやら、今回はここまでのようだ。じゃあ頼んだよ」

  そういって彼は、椋毘登に背を向けてその場から離れだそうとした。

「ま、まってくれ。あなたの名前は?」

  椋毘登は去っていこうする彼を、思わず引き止めようとする。

 すると彼はふと振り、少し曖昧な笑みをしながら、椋毘登にいった。

「俺は、雄朝津間(おあさづま)……雄朝津間皇子(ああさづまのおうじ)だ」

(え?)

 その瞬間に椋毘登は、自身の夢から目覚めていった。

 どうやら彼はすっかり眠ってしまっていたようで、狩りもお開きにしようとしていたところのようだ。

「今の夢は一体……」

 すると彼のいる所より少し離れた場所から声が聞こえてくる。

「椋毘登、そろそろ移動するぞ」

 相手は厩戸皇子のようで、彼は椋毘登に声をかけたのち、そのまま側までやってきた。
 椋毘登は皇子を差し置いてうっかり眠りについていたことに対し、酷く申し訳ない気持ちになった。

「厩戸皇子申し訳ありません。つい眠り込んでしまいました」

「別に気にすることはない。君も疲れていたんだろう」

「はぁ、それはそうですが...」

「とにかく気持ちを切り替えていこう!」

 厩戸皇子はそういってから、椋毘登の背中をバン!と叩いた。彼なりに激励の意味を込めてのことなのだろう。

(とりあえず、先程の夢の件は一旦横に置いておくとしよう。今は厩戸皇子の従者として自分の方が優先だ)

 椋毘登は、先程の夢の中に出てきた青年の言葉か気になるものの、今は自身の役割を全うすることに集中することにした。

 そして厩戸皇子らに遅れを取らないよう、彼は急いで後に続いた。