そうしていよいよ薬狩りの当日を迎える。

 皆は夜明け前に藤原池のほとりに集まり、夜明けとともに一斉に出発した。
 ちなみに稚沙の親戚にあたる額田部比羅夫連(ぬかたべのひらぶ)の姿も、遠くからではあったものの何とか確認することができた。

 稚沙はその道中にふと周りの景色を眺める。
 5月の飛鳥は本当に美しい。冴え返える晴空の中を鳥達が飛び交い、それに合わせて薬草も所々から生えているのが伺える。

(本当に今日は薬猟にはうってつけね。椋毘登(からひと)達もそろそろ山の中で猟を始めてるの頃かしら)

 稚沙が薬草を探している間、椋毘登は今日は厩戸皇子(うまやどのみこ)に同行していた。
 これは皇子直々の申し出だった。椋毘登の刀の腕前を見込んで、護衛を兼ねてとのこと。

 彼らは丁度山の中にまで入ってきており、もうすぐで猟の穴場に到着しようとしていた。
 そんな中、椋毘登の直ぐ前を歩いていた厩戸皇子がふと彼に声をかけてきた。

「ところで椋毘登、君には守りたい人やものはあるか?」

「え、守りたいものですか?」

 皇子の突然の問いに椋毘登は思わず驚く。
 だが頭の回転の早い彼である。とりあえず何か答えなければと、ふと自身の脳裏に浮かべてみる。

 そして椋毘登は、自身の家族達をことを考えてみる。

 (父、母、それに弟たちか……)

 だがその最後に突然稚沙の姿が浮かんできた。以前の彼なら絶対にありえないことだ。

(自身の一族以外で大事なものなんてなかったのにな)

 そう考えると何とも愉快に思えてくる。人はも変わる時は本当に変わるものだなと。

「そうですね。やっぱり自分の家族でしょうか。あとは家族以外で大事だなと思ある人とか?」

 彼自身は政にはさほど興味を引きはしない。これまでも過去に、自身の欲の為に身を滅ぼした人達を、彼は何人も見てきていたからだ。

 それに元々余り欲のない人間なので、自分の大事な人達を守るのが一番だと思ってきた。

「なるほど、まぁ普通はそうだろうね。皆家族あっての生業だ」

 また、今は他にも数名の家臣が共に行動をしているものの、厩戸皇子と椋毘登が先頭を切って歩いている。

 ただ椋毘登からしてみれば、厩戸皇子と離れてしまっては、今日ここに同伴した意味がないので、必死で彼の側について歩いている感じだ。

「厩戸皇子は、突然どうしてそのようなことを聞かれるのですか?」

 椋毘登からしてみれば、今は猟の最中である。そんなさなかで、彼は一体何を考えているのだろう。

「私は大和の皇子として、常にこの国の将来と、そこに住まう人々が他国に侵略されることなく、どうすれば平和に暮らせるのか、常にそのことを第一に考えている」

「皇子、それは誠に立派なお考えかと思います」

 椋毘登はそう返しながら、やっぱり彼は自分とはまるで違うなと感じる。

(やはり、この人は本当の大和の皇子だ……)

 椋毘登は厩戸皇子に対して、思わず尊敬の念を抱いた。