「じゃあ、彼に歌垣のこと話してみなさいよ。稚沙が必死でお願いしたら、きっと良いといってくれるわよ」

 古麻(こま)稚沙(ちさ)を励ますような口調でそう話した。彼女から見た稚沙と椋毘登(くらひと)は、一応恋仲とはいえ、まだまだぎこちない。
 それに少し前まで、椋毘登が度々遠方に出向くことが続き、その期間は中々思うように会えな日々が続いていた。

 いわばこれは、そんな二人への彼女なりの心遣いだった。

 そんな彼女の言葉を聞いた稚沙は、思わず胸を弾ませる。もしかしたら彼も単に気恥ずかしいだけなのではないか。であればこういった機会を持つことで、互いに素直になりやすくなるだろう。

「そ、そうね。椋毘登だって根は優しいし……それに今日は小墾田宮(おはりだのみや)に来るって聞いてるから、ちょっと聞いてみることにする!」

 稚沙は嬉しそうにしながら、古麻にそう返事をする。また海石榴市に出かけるとなると、久々に外に出かけられる。普段馬を乗り回している椋毘登と違い、稚沙は中々外に自由に出かけることが出来ない。なのでそういう意味でも、とても楽しめそうである。

「じょあ、是非そうしてみなさいよ。私も二人が無事に歌垣に行けたら嬉しいし」

 古麻も笑顔で稚沙にそう答える。そんな彼女も良い提案が出来て、本当に良かったといった様子だ。

 こうして二人はその後、しばし歌垣の話題で花を咲かせたのち、それぞれの仕事へと戻っていった。