それからしばらくして、先日稚沙と厩戸皇子が立ち会った例の仏像が、無事金堂に入れることができたようで、その知らせが稚沙達の耳にも入ることになる。

(あの人は、一体どうやって入れたんだろう?)

 稚沙には鞍作鳥がどのようにして、仏像を金堂の中に入れたのかは、さっぱり分からない。

「うーん、まぁ無事に仏像が入ったから良いけれど、本当に不思議」

 そして炊屋姫の意向により、それから斎会(さいえ)が行われることになった。

 そして彼女の元には沢山の人達が集まってきた。当日稚沙は、その後の直会のために配膳の仕事に携わるよう指示をうけていた。

「はぁ、今日も相変わらず忙しいったらありゃしない!」

 稚沙は直会が行われている場に、食事や空の器を持って行ったりきたりしている。

 そして彼女が忙しく働いていると、ふと目先にある人物の姿を確認することができた。

 その人物は境部臣摩理勢のようで、彼は誰かと話をしている様子だ。稚沙がその相手にも目を向けると、相手は蘇我馬子の息子の蝦夷だった。

 だがとても和気あいあいといった感じには見えず、何とも少し重ぐろしい雰囲気をその場に漂わせていた。

(そういえば椋毘登も、蝦夷と境部臣摩理勢は対立関係に発展するみたいなこと話してたけど、やっぱり本当なのかも)

 稚沙には、彼らがどんな会話しているのかは分からない。だが互いに警戒しながら話しているようにも見えるので、余り良い話をしてる風には思なかった。

 稚沙がとりあえずその場を離れようとした所、後ろから急に、誰かが声を掛けてくる。
 彼女が誰だろうと振り返ると、そこには厩戸皇子が1人で立っていた。

 そして彼は稚沙の横にやってくると、彼女が今まで見ていた方に目を向ける。

「ふーん、蝦夷と境部臣摩理勢か……」

「皇子も彼らの関係のことは知ってるんですね」

「あぁ、もちろんさ。私は蘇我とは繋がりが深い。というより、私は蘇我の血筋の皇子だからね」

 厩戸皇子の祖母にあたる蘇我小姉君(そがのおあねのきみ)は蘇我馬子の姉妹にあたる人である。

「確かにそうでした。なら皇子も2人の関係が良くないのは心配になりますね」

「本当に全くだ。これが新たな火蓋にならなければ良いのだが」

(2人は割と近い親戚同士だから、なおさら争いになれば悲惨なことになる......)

 稚沙と厩戸皇子は、摩理勢と蝦夷の2人を何ともやらせない思いで見つめる。

 その後彼らの会話も終わったようで、互いにその場を離れていったようだ。