「私は、ここの仏像が気になって見に来ただけなので、ここで失礼させて頂きます」

「あぁ、止利(とり)もすまないな。ではここの仏像の件はお前に任せるよ」

「はい、必ずや。また近いうちに炊屋姫(かしきやひめ)様の元にも、仏像の制作状況をお伝えに、小墾田宮(おはりだのみや)に伺うように致します」

 鞍作止利(くらつくりのとり)はそういうと厩戸皇子(うまやどのみこ)に頭を下げ「では、失礼します」とだけ行ってその場を静かに離れていった。

 稚沙はそんな鞍作止利のうしろ姿を見届けると、ふととなりの厩戸皇子に声をかける。

「厩戸皇子、止利殿は本当にどうするんでしょうね」

「まぁ彼が出来るといっているんだ、きっと上手くことをおさめるつもりなんだろう。それに飛鳥寺の時はここよりもさらに大きな仏像だった。それも彼はやってのけたよ」

「そうですか。では、ここはあの方を信じるほかないですね」

 稚沙も腕に抱いている雪丸の頭を軽くなでながら、皇子にそう答える。
 また雪丸の方も、だいぶ稚沙に慣れてきたようで、気持ち良さそうにしながら彼女に身を任せている。

(どうかこの仏像の製作が上手くいくことを祈るばかりだわ)

「じゃあ、そろそろここを立つとしようか」

「はい、そうですね。厩戸皇子まだ他に行く所があるんですか?」

「うーんそうだね。じゃあ帰りに甘樫丘(あまかしのおか)にも寄ってみるかな。今の季節ならきっと綺麗な花や草木がたくさん見られるだろうから」

「もうまぁ、それは良い考えですね。私も是非行ってみたいです!」

 甘樫丘は、飛鳥寺付近にある小盆地よりも西側にある小高い丘で、そこからは飛鳥一帯を一望することができた。
 稚沙もそんな厩戸皇子の思いがけない提案に大賛成した。本来なら椋毘登(くらひと)に連れて行ってもらえたら尚良かったことだろう。
 だが今は雪丸もいることだし、折角の機会である。なので椋毘登にはまた別の機会に連れていってもらうとしよう。

 ここから甘樫丘までは、馬ならそこまで時間のかかるものでもない。
 厩戸皇子は、稚沙と雪丸を馬に乗せてから、勢い良く馬を走らせた。

 飛鳥川は、東南や南側から北西に向かって盆地内を流れ下っている。そして川の水は農作用水としての役割も非常に大きく、この辺りに住む人々にとっては無くてはならないものだ。それぐらいこの川から受ける恩恵はとても大きい
 だがその反面では、この地域は平時は渇水のため干害を招きやすく、降雨時は出水が激しく度々水害もおこしていた。

 そして甘樫丘の手前では、その飛鳥川が大きく流れており、急流のごうごうたる音が力強く彼らの耳にも聞こえてくる。
 彼らは飛鳥川の川筋に沿って、尚も勢いよく馬を走らせていく。

 その後に厩戸皇子達は甘樫丘の側までやって来ると、続けて丘の頂上まで一気に登っていった。