椋毘登(くらひと)稚沙(ちさ)の住居付近まで戻ってくると、彼女の住居から少し離れた所で、一旦馬を止めた。

 彼女の住居の前まで行ってしまうと人に見らえてしまう可能性が高い。そうなると自分たちの関係が宮の人達にばれてしまう。それでは彼女も何かと気まずい思いをさせてしまうだろう。

「よし、ここなら誰かに見られる心配はなさそうだ!」

 それから椋毘登が先に馬から降り、そして次に稚沙を支えながら降ろしてくれる。

「椋毘登、今日は色々迷惑かけちゃったけど、本当に楽しかった」

 稚沙は何はともあれ、とても満足していた。

「まあ俺が一緒なら、多少の遠方には馬でつれていってやれるからな」

「そうね。それに椋毘登はとっても強いから、守ってもらえるもの。一体どうやったらそこまで強くなれるの?」

 彼は自分とは2歳しか離れておらず、今は17歳になっている。まだ10代だというのに、彼の刀の強さは相当なものだ。

「確か12歳ぐらいだった頃かな。同じ一族の人が偶然刀の練習をしているのを見たんだ。それでひどく興味が沸いて、それで始めたのがきっかけかな?」

「ふーん、そうなんだ。きっと椋毘登は生まれつきそっちの方面での才能があったのね」

「まあ、そうかもしれないな。だがそのお陰で、叔父上や他の大事な人を守ることが出来る」

(それなら、その中には私も含まれているのかしら……)

 稚沙はそのことも気になったが、あえて聞かないことにした。彼にそんなこと話せば、また意地を張って、嫌味の1つでもいわれそうである。

「じゃあ、私それそろ住居に戻るわね!」

 彼女はそういって周りを気にしながら、彼の傍を離れていくことにした。

(てか、稚沙のやつ。こういう時は普通、俺を見送ってから、住居に戻るもんだろうに……まぁ、あいつが無事に住居に戻ったのを確認出来るから良いか)

 椋毘登は稚沙が住居に戻ったことを確認したのち「本当、手のかかる子だな」といって、馬に跨ってその場を後にした。

「でも、稚沙にいわれるまで全く気にしてなかったが、どうして俺はこんなに刀の腕も磨きたくなったんだろう?」

 椋毘登はふと当時のことをふと思い返してみた。彼は始めて刀の稽古を見たときから、何故か吸い込まれるようにして、刀の稽古に励み出した。

「そういえば、あの不思議な夢を見るようになって以降からだったよな……まあ単なる偶然だし、気にすることでもないか」

こうして彼も自身の住居のある、蘇我の元へと戻っていった。