稚沙は椋毘登に手を引かれながら、海石榴市の道沿いにそって一緒にとぼとぼと歩いていた。
春さるの飛鳥は野生の花や雑草が鬱蒼としており、やわらかな風が横ぎるようにして彼らに向かって吹いてくる。
春になったとはいえ、まだまだ肌寒い日が続いていた。そして今は昼を過ぎ、この辺りももう少しで夕方になるだろう。
稚沙は先ほどの歌垣のことがあって、本当に申し訳なく、悔恨の思いでいっぱいだった。
折角楽しみにしていた歌垣を、よもやこのような形で台無しにしてしまうとは、我ながら情けないかぎりだ。
「椋毘登、本当にごめんね」
「あぁ、分かってる」
「その……本当に、本当に、ごめんね」
「だからもう、お前もそういつまでも落ち込むな!」
椋毘登は声を少し張り上げてそう彼女にいったのち、今度は落胆したのか、大きく肩を落としてため息をつく。彼もこの件に対しては、さすがに呆れているのだろう。
「この件は、別に全てお前が悪い訳じゃない。元はといえば、俺がもう少しまともな歌を返えせていたら」
この時代において和歌の1つも上手く詠めないのは、椋毘登もさすがに恥ずかしいとは思っているようで、彼は彼なりにどうやら責任を感じているらしい。
「そんな、椋毘登のせいじゃないわ。私がついつい熱が入り過ぎちゃって」
稚沙はふと椋毘登の背中を見つめながらそう話す。最近の彼女は、女官の仕事はそれなりには回せるようになってきたが、他のこういった部分は相変わらず以前のままだ。
「でも今日の歌垣は、稚沙はそうとう楽しみしていたからな。まあ、また今度二人でどこかに遠出でもしよう」
「く、椋毘登……」
稚沙は椋毘登のそんな言葉を聞いて思わず胸がジーンとした。そして彼女の目からはまた涙が込み上げてくる。彼はどうしてこんなにも優しいのだろう。
「私、椋毘登と出会えて本当に良かったよ~」
彼女は彼に繋がれてない方の手で、目から流れる涙を必死で拭おうとする。
椋毘登もそんな彼女に思わず振り返ると、そっと自身の袖先で彼女の頬につたう涙を拭いてくれた。彼はやれやれといった表情をしているが、その表情には少し笑みが含まれているようで、彼も内心安堵しているのだろう。
「あぁ、分かったから。じゃあ、先を行くぞ」
今は夕暮れの前だが、あと数時間もすればこの付近も暗くなってしまう。なので彼らもそうなる前には戻らないといけない。
(私、椋毘登が相手で本当に幸せだわ)
稚沙が椋毘登に対してそんなふうに考えていると、ふとあることを思い出した。そしてやや前を歩いている彼に思わず声をかける。
「ねえ、椋毘登。実は私、最近椋毘登を夢に見ることがあるの」
「え、夢?」
椋毘登は突然の彼女の話に、歩きながら自身の耳を傾ける。
「うん、夢に出てくる椋毘登は本当に優しくて、おいしい食べ物も一杯ご馳走してくれて、あと色んな所に連れていってくれるの」
「……何かそれ、まるでお前の願望を現わしてそうな夢だな」
それを聞いて椋毘登は思った。彼女の見る夢はなんと愉快なことだろう。恐らく現世でも夢の中でも、彼女の思考はさほどかわらなさそうだ。
春さるの飛鳥は野生の花や雑草が鬱蒼としており、やわらかな風が横ぎるようにして彼らに向かって吹いてくる。
春になったとはいえ、まだまだ肌寒い日が続いていた。そして今は昼を過ぎ、この辺りももう少しで夕方になるだろう。
稚沙は先ほどの歌垣のことがあって、本当に申し訳なく、悔恨の思いでいっぱいだった。
折角楽しみにしていた歌垣を、よもやこのような形で台無しにしてしまうとは、我ながら情けないかぎりだ。
「椋毘登、本当にごめんね」
「あぁ、分かってる」
「その……本当に、本当に、ごめんね」
「だからもう、お前もそういつまでも落ち込むな!」
椋毘登は声を少し張り上げてそう彼女にいったのち、今度は落胆したのか、大きく肩を落としてため息をつく。彼もこの件に対しては、さすがに呆れているのだろう。
「この件は、別に全てお前が悪い訳じゃない。元はといえば、俺がもう少しまともな歌を返えせていたら」
この時代において和歌の1つも上手く詠めないのは、椋毘登もさすがに恥ずかしいとは思っているようで、彼は彼なりにどうやら責任を感じているらしい。
「そんな、椋毘登のせいじゃないわ。私がついつい熱が入り過ぎちゃって」
稚沙はふと椋毘登の背中を見つめながらそう話す。最近の彼女は、女官の仕事はそれなりには回せるようになってきたが、他のこういった部分は相変わらず以前のままだ。
「でも今日の歌垣は、稚沙はそうとう楽しみしていたからな。まあ、また今度二人でどこかに遠出でもしよう」
「く、椋毘登……」
稚沙は椋毘登のそんな言葉を聞いて思わず胸がジーンとした。そして彼女の目からはまた涙が込み上げてくる。彼はどうしてこんなにも優しいのだろう。
「私、椋毘登と出会えて本当に良かったよ~」
彼女は彼に繋がれてない方の手で、目から流れる涙を必死で拭おうとする。
椋毘登もそんな彼女に思わず振り返ると、そっと自身の袖先で彼女の頬につたう涙を拭いてくれた。彼はやれやれといった表情をしているが、その表情には少し笑みが含まれているようで、彼も内心安堵しているのだろう。
「あぁ、分かったから。じゃあ、先を行くぞ」
今は夕暮れの前だが、あと数時間もすればこの付近も暗くなってしまう。なので彼らもそうなる前には戻らないといけない。
(私、椋毘登が相手で本当に幸せだわ)
稚沙が椋毘登に対してそんなふうに考えていると、ふとあることを思い出した。そしてやや前を歩いている彼に思わず声をかける。
「ねえ、椋毘登。実は私、最近椋毘登を夢に見ることがあるの」
「え、夢?」
椋毘登は突然の彼女の話に、歩きながら自身の耳を傾ける。
「うん、夢に出てくる椋毘登は本当に優しくて、おいしい食べ物も一杯ご馳走してくれて、あと色んな所に連れていってくれるの」
「……何かそれ、まるでお前の願望を現わしてそうな夢だな」
それを聞いて椋毘登は思った。彼女の見る夢はなんと愉快なことだろう。恐らく現世でも夢の中でも、彼女の思考はさほどかわらなさそうだ。