寮の扉を開ける。広い中央通路の、すぐ右側がラウンジだ。
 中でも王族用のラウンジはその最奥にあり、そこだけ個室のように戸がついている。

 ブラン様は、その扉の前で待機していた。
 私には気付いていない。

 もう一度深呼吸をして、彼の方へ向かう。
 心臓がマシンガンのような音を立てて、喉の奥から弾が飛び出しそうだ。

 ラウンジの椅子とテーブルを一組隔てたところで彼は私に気がついた。

 カーテシーでお辞儀をすれば、彼は王族用ラウンジの戸をノックしようと手を上げる。

「ま、待ってください……っ!」

 私は慌てて彼を制した。
 ん? と、首をかしげて、彼がこちらを向いた。

「あの……えっと……」

 黒く焼けた肌に、後ろでひとつに束ねた長い黒髪。高く筋の通った鼻、顎からはちょっとだけ覗く無精髭。

 ああ、私の好きなブラン様だ……。

 黒く力強い瞳に見つめられて、呼吸が止まりそうになる。

「お嬢ちゃん、婚約者の王太子様にご用じゃねえのか?」

 その無骨な言い方も、何もかもが、大好きだった。
 公式グッズがない中、手作りでぬいぐるみを作るくらいに大好きだった。
 そう、私は――

「ブランさん。私、あなたが好きなんです」

 胸の奥から何かが溢れて、喉の奥が苦しくなる。それでも泣かないようにぎゅっと堪えて、大好きなブラン様の瞳を見据えて、私はそう言った。

 ブラン様の目が一瞬、驚き見開かれる。
 けれど、すぐに脱力したように、近くの壁に背を預けて鼻で笑うように息をもらした。

「何を言っているんだい、お嬢ちゃん。こんな老いぼれをからかいに来たのか?」