長野の山の夜は満天の星が瞬いている。
避暑地というだけあって、夜ともなれば肌寒い。

「荻田に渡したいものがあって。」
街灯の下で立ち止まると、羽生が言った。
「渡したいもの?」
「はい、これ。」

そう言って、羽生が葉月に渡したのはラッピングされたアイシングクッキーだった。
プロが作ったにしては、ところどころ拙いデコレーションだ。

「これ…手作り?」
「侑輔に今日が荻田の誕生日だって教えたら、“葉月ちゃんにプレゼント渡したい”って聞かなくて。」
「え、そうなの?嬉しい!」
葉月は満面の笑みを浮かべた。
「生地は俺が作ったから。」
付け足すように羽生に言われ、葉月は「ふふ」っと笑った。
「兄弟で作ってくれたんだ。ありがとう。」

クッキーはカラフルなフルーツと花のデザインだ。
「これ、ちょっと一澤 蓮司の絵みたい。」
「うん。“葉月ちゃんはきっとこういうのが好きだと思う”って、一澤 蓮司の画像とか見ながら一生懸命デザインしてた。」
「え〜!かわいい〜!今まで貰ったプレゼントで一番嬉しいかも。」
葉月はクッキーをくるくる眺めながらニコニコした顔で言った。

「一番?」
「うん。だって侑輔くんの気持ちがこもってるなって…」

———はぁ…

羽生が小さく溜息を()いた。

「…手作りクッキーはさすがにちょっと恥ずかしいかなって思って」
「え…?」
「出すのやめようかと思ったけど、侑輔が一番てのはちょっと悔しいから…はい、これ。」
そう言って、羽生はクッキーをもう一つ差し出した。

「荻田、誕生日おめでとう。」