駅のホームから出ると、楓くんは家まで送ってくれた。
……まだ、楓くんと離れたくない。
なのに、こんな気持ちを抱いている私とは違い、楓くんの態度はいつもと変わらず私に手を振った。
「じゃあ、また明日、学校でな」
別れを告げて背を向ける楓くんに、私は咄嗟に彼の袖をきゅっと掴んだ。
「どうした、小春?」
楓くんは振り返って私を見る。
……チャンスは今しかない。
これを逃したら私は、きっと後悔する。
楓くんに今日のお礼を伝えたい。
スマホのメッセージじゃなくて、手話じゃなくて、私の声で届けたい。
「……っ……」
お願い。
どうしても楓くんに伝えたいの。
喉につっかかっている声を必死に絞り出す。
「……か……え……」
掠れるような小さな私の声を楓くんは聞き取ろうと耳を傾けてくれる。
緊張のあまり手が震える。
だけど、勇気を振り絞って、君に届けたい。
その瞬間、喉の詰まりは消えてスッと声が出た。
「楓くん」
「……!」
驚きのあまり瞬きを繰り返す楓くん。
生まれて初めて家族以外の人と話せた瞬間だ。
「きょ、今日は、ありがとう」
まだ、うまく話せないけれど、どうにかお礼を伝えることができた。
「こっちこそありがとな」
優しい言葉とともに、私の頭にポンと温かい手がのった。
「それに、頑張って伝えてくれてありがとう」
楓くんはとても嬉しそうに表情を緩めていて、私も嬉しくなった。
今日、初めて楓くんと話せた。
私にとって、大きな進歩だ。