何事もなく平和な日常が送れていて、それでいて楓くんと過ごす学校生活は徐々に楽しいものになってきて、気付けば放課後になった。

「今日、俺、シフト入っているから先帰るな。終わったら連絡する」

帰る準備をしているところに、楓くんが声をかけてくれた。

楓くんと連絡先を交換して以来、彼とのやりとりはずっと続いている。

私は楓くんに向かって“分かった”と頷いた。

「じゃあ、小春、また明日な」

手を振る楓くんに対して、私はまた首をコクリとする。

今のは、“また明日”と楓くんに伝えた。

楓くんのバイト先は喫茶店。

店の名前を聞いてみると知っているところだったけど、私はまだ行ったことのないお店だった。

初めての人はあまり来なくて、常連客がほとんどらしい。

主にコーヒーなどを扱うお店だけど、デザートもあるみたいだからいつか食べに行ってみたい。

そう思いながら、1人ゆっくり帰りの支度をしているところに、担任の難波(なんば)悟(さとる)先生がやって来た。

「星乃、勇気もって喋ってみたら?」

その言葉に、動作がピタリと止まってしまう。

私が場面緘黙症であることは、一部の先生方には伝えてある。

もちろん、担任の難波先生にも。

だけど、なんだかいまいち理解がないような気がする。