伝えたいことはたくさんあるけれど、頭の中で上手く言葉がまとまらず、手話をする手を動かせずにいると……。
「昨日は、本当にごめんな」
先に謝ったのは楓くん。
「俺のせいで、小春のおばさんを怒らせてしまって……」
申し訳なさそうに眉を寄せて謝る楓くんに、私は“ううん”と言うように首を横に振った。
楓くんはなにも悪くない。
ただ、楓くんは事実を伝えただけ。
私もいつかはお母さんに伝えないといけないと思っていたから。
「それに、あのあとさ、電話かけてくれただろう。それなのに、でれなくてごめん。バイト終わった時にはもう10時過ぎてたし、夜に電話折り返すのかえって迷惑かなって思ってできなかった」
バイトの時間に急に電話をかけてしまったのは私なのに、それを咎めもしない楓くんは優しい。
そんな楓くんには本当に申し訳ないが、今となっては、あの時、電話が繋がらなくて良かったと思っている。
だって、泣いているのを知られずに済んだから。
もし繋がっていたのなら、弱音を吐き出してしまったと思うから。
お母さんから言われたことも、叩かれたことも全部。
それで余計に楓くんに傷を負わせたと思うから。
だから、繋がらなかったことによって、なにも知られずに済んだ。
楓くんに“大丈夫だよ”と伝えるため口を開ける。
なのに……。
「……っ」
ここは学校で、クラスメイトたちがガヤガヤと騒がしい教室。
私にとって、未だ大嫌いな場所とあって声が出なかった。