何なんだ? ロザリアなど地味で大して役に立たない妃で、現に他の者たちも裏では様々な陰口を叩いていたではないか。
「お前は……五年以上もロザリアの夫でありながら、何も知らんのか……!?」
「僭越ながらウィルバート殿下、私からご説明いたします」
口を挟んできたのは、宰相であるフリード公爵だ。父が学生の頃から補佐として辣腕を振るっている。
「まずロザリア様は類い稀なる頭脳で魔道具の開発や監修をされており、国家の治安や軍事力の向上、他にも国民の生活レベルの安定に貢献されておりました。また実質的に殿下の政務も七割方はロザリア様が処理しておられました。これはハルク殿もご存知ですな」
「はい……殿下の指示で書類のみの仕事はロザリア様に回していました」
「それでは、これからはウィルバート殿下が魔道具の開発もしつつ、ご自身の政務と空席である王太子妃様の分の政務もこなしていただけるのですか?」
何を言っているんだ? ボクが魔道具の開発をする必要はない。何よりロザリアの代わりのような扱いに怒りが湧き上がってくる。
「政務はボクが処理します。魔道具の開発については、指揮を執れるなら別の者でも問題ないでしょう」
「別の者にロザリアの代わりが務まるというのか!? 指揮を執るだけではないのだぞ! 画期的な開発もしていたのだぞ! それでどれだけ国庫が潤ったと思っておる!!」
正直そこまでとは思わなかった。
ロザリアにチリほども興味がなかったから、詳しく知ろうともしなかった。ボニータとの婚約までまとめたいのに話が悪い方へと進んでいく。だけどボクたちだって無策でこんなことはしない。
「それなら解決策があります」
父上は厳しい視線をボクに向けた。
「なんだ、申してみよ」
「魔道具の開発ならボニータの父に任せれば問題ありません。最近では新しい魔道具がもうすぐ開発できると聞いております。爵位は高くありませんが、それでも領主としての手腕もありますので適任ではないでしょうか?」
ボクの提案に大会議室は静まり返った。ボニータの父であるファンク男爵で本当に能力が足りるのか慎重になっているようだ。
「そうだ、この前ファンク男爵が開発された魔道具を見せたらどうだ? たしかゴードンの剣を改良していたな?」
「はい、この剣についているのが魔法効果を付与する魔道具です。柄にはめるタイプのもので、ロザリア様が開発されたものよりも火力が高く魔物の討伐の際に役にたつと思います」
ゴードンの腰にさしていた剣を疑念が浮かぶ重鎮たちに渡す。その剣を見ていた父上も唸っていた。
「よし、それではファンク男爵を魔道具の開発部門の長として任命する」
「お願いします。それで——」
「それで、ボニータと言ったかしら。懐妊したというのは本当なの?」
ボニータとの婚約の話をしようと思ったら、今度は母上が彼女を睨みつけている。まったく少しはボニータに優しく接して欲しいものだ。
「はい、先日の医師の診察では現在十週目と言われております。予定日は秋半ば頃です」
「……そう。具体的な予定日はいつなの?」
「ええと、朝霜の月の八日です」
「その日で間違いないのね?」
「はい、間違いございません。よかったら王妃様から王宮医師に確認していただいても問題ありません!」
感情の読めない母上はここで何か考え込んでだまり込んでしまった。そろそろボニータを解放してやりたいからちょうどよかった。
「では父上。問題も解決したようですし、このままボニータとの婚約を認めていただけませんか?」
「うむ、仕方あるまい。腹に子がいるのなら早い方がいいだろう。書類については後ほど知らせる。王太子妃教育も進めねばならんな」
「ありがとうございます! 無理のないペースでお願いします。ひとりの体ではないのですから」
大会議室の中は問題の解決とともに穏やかな空気に包まれた。
ボクは父上や重鎮たちと国民にさえ不人気な王太子妃がいなくなって、むしろ喜ばしいと軽く話してからボニータを連れて大会議室を退室した。
ただひとり宰相だけが眉間に深いシワを刻み無言だったが、ボニータと婚約できた喜びでその様子にはまったく気がつかなかった。
* * *
ラクテウス王国には竜人と呼ばれる希少種が住んでいる。街の規模は想像していたよりも大きくて、控えめにいってもアステル王国の王都よりも栄えていた。
断崖絶壁の山の上にある街だから立地的には秘境で間違いない。
「お嬢様は竜人の話を聞いたことはありますか?」
「妃教育で学んだけど詳しくは知らないの」
王太子妃として当然のように他国のことも勉強したけれど、竜人については番と呼ばれる伴侶がいて、人知を越える存在だということしか知らなかった。
「私たちは遥か太古の昔に竜の血を取り入れた種族で、恵まれた身体能力と膨大な魔力を保有しているのが特徴です」
「なるほどアレスが優秀な理由がわかったわ」
私は竜人についての話を聞きながら、アレスの後についてラクテウスの街の中を歩いていく。
「一般的には知られてませんが、竜人かどうかは瞳を見ればわかります。瞳の虹彩部分に金色の光があるのが竜人である証です」
「ああ、だからアレスの瞳は夜空みたいにキラキラしていたのね」
「これは元々竜の瞳が黄金色で、その名残だと聞いてます」
「そうだったの、金色の瞳はとても美しいのでしょうね」
私みたいに地味な瞳からすれば羨ましい話だ。こんな綺麗な瞳だったら、人生も違っていたかもしれない。ツキンと心の奥で痛みを感じたけど気づかないフリをした。
「お嬢様は……この瞳が気味悪くないのですか?」
「そんなわけないわ。むしろ綺麗だし何度見ても飽きないわよ。様々な色の瞳に金色が散りばめられてるのは素敵じゃない。じっくり見てみたいわ」
すると突然アレスの真剣な眼差しが目の前にあらわれて、心臓がドックンと大きくうねる。心に感じた痛みなんて一瞬で吹き飛んでしまった。
「お嬢様。私の瞳ならいくら見つめても構いませんが、他の竜人のはダメです」
急に立ち止まったアレスに両肩をつかまれて、鼻が触れてしまいそうな距離にアレスの整った顔がある。
アレスは色合いこそ派手ではないけれど、その造形美はまるで神殿に飾られる神々の彫刻のようだった。くっきりとした二重の瞳は凛々しく、高くまっすぐに伸びる鼻梁にほどよい厚さの唇は艶めいている。
ち、近いわっ!! 本当、不整脈になってしまうから早く離れてほしいのだけど!?
「わ、わかったわ! 他の人のは見ないから!」
「それなら結構です」
やっと離れてくれたけど変な汗をかいてしまった。いい年だけどこういう距離感はいまだに免疫がないのだ。
ここ数年はこんなに近づくことがなかったのに……言葉遣いも少し砕けているし故郷に戻ってきたからアレスも開放的になっているのかしら?
「竜人には番という唯一無二の伴侶いるのはご存知だと思いますが、もし番に手を出されたと思ったら全力で叩き潰されます」
「えっ、全力で!? そうなの!?」
「はい、それはもう容赦ありません」
「……早めに聞けてよかったわ」
先程の話からすると、もし勘違いでもされようものなら私など瞬殺されてしまう。そんなことで人生を終わらせたくはない。
それを忠告しようとしていただけなのに狼狽えてしまって、なんて恥ずかしいことか。
「ええ、ですから竜人の男に……というか異性にむやみやたらに近づいてはいけません」
「気をつけるわ。あ……でもアレスは大丈夫なの? その番の方は怒らないの?」
「私は問題ありません」
安心させるようにいつもより優しく微笑むアレスを見て、問題はなさそうでホッとした。アレスの番になる方は理解があるらしい。
ラクテウスの街は活気があって、すれ違う人々も笑顔を浮かべている。秘境だと言っていたので、実はもっとこう原始的な生活を想像していた。
煉瓦造りの家が並んで市場には野菜や肉、果実や雑貨まで揃っているし生活していくのにまったく問題なさそうだ。
それにしても、先ほどからやけにジロジロ見られている気がする。やはり見慣れない人間に警戒しているのかもしれない。
いたたまれなくて、雑貨屋の商品を見るふりをして視線に背を向けた。
「アレス、私が来て本当によかったのかしら?」
「ええ、まったく問題ございません。安心して下さい」
「でもすごく視線を感じるわ……場違いだったのかしら」
「それはお嬢様が美しすぎて周りの者が見惚れているのでしょう」
サラッと耳まで赤くなるようことを言わないでほしい。せっかく引いた汗がジワリと滲んできそうだ。
「でもアレスと私を見比べるような視線なのよ? やっぱり私がよそ者だから反感を感じてるのではないの?」
「ああ、旅に出てから戻ってきていなかったですし、私が成長期を迎えたのでみんな気づいていないだけです」
そんな会話を聞き取った雑貨屋の主人が、ポツリとつぶやく。
「えっ……やっぱり、アレス様……?」
「久しぶりだな、クルガン。元気そうで何よりだ」
そのやり取りをきっかけに、市場中がざわめき始めた。
「本当に? アレス様!? ついに戻ってきたのか!?」
「やっぱりアレス様だったのか! そうじゃないかと思ったんだ!」
「キャー! 成長期を迎えたのねっ!」
「何とめでたいことか! 今夜はお祝いだな!!」
どんどん広がる熱狂的な歓迎に、私だけがついていけていない。
「……みんな大歓迎ね。アレスはやっぱり高貴な家のご子息ではないの?」
「親が要職についております」
「要職ね、納得だわ」
「それと番を探す旅に出ていたので、戻ってきたことにみんな喜んでくれています」
「番を探す旅……」
明らかに敬うような視線を向けて集まってくる街の人たちに、初めて会ったころの見立て通りだったと納得する。そしてアレスが私に言った旅とは、番を探すことだったのだと理解した。
それなら、番はまだ見つかっていないのかしら? そうだとしたら、また旅に出るのかしら?
「おお、こちらがアレス様の……!」
「まあ! なんて美しい方なのかしら!」
「それで、アレス様! この方のお名前は!?」
集まってきた街人たちは、ターゲットをアレスから私に変えても歓迎の意を示してくれる。キラキラした瞳を向けられて逆に落ち着かない。
街の人たちに囲まれてその勢いに一歩あとずさると、私の視界がぐるりと回転した。
「ロザリア様だ。わかっていると思うが俺の大切なお嬢様だから丁重に対応してくれ。急に囲まれたら怯えてしまうだろう」
アレスの声が近いと思ったら、横抱きにされていた。
慌ててアレスの首に手を回して落ちないようにしがみつくと、とろけるような微笑みで見つめ返される。
ハッとした街人たちが申し訳なさそうに距離を取りはじめた。
「お嬢様、まずは私たちの住まいに案内いたします。そのあと今後について具体的に決めましょう」
「え、住まい? 私たちの住まい?」
「はい、お嬢様がお住まいになる家を用意しております。私はお嬢様の専属執事ですから当然同じ家屋で暮らします」
「そうだったの、さすがアレスね。ではその家に案内してもらえる?」
「承知しました。では参りましょう」
アレスに横抱きされたまま市場を抜けていく。アレスの肩越しに振り返れば、みんな笑顔で見送ってくれていた。
カーテシーができないのでそっと手を振れば、今度は両手を大きく振ってくれる。とりあえずは受け入れてくれたようでホッとした。
「アレス、ここからひとりで歩くわ。下ろしてもらえる?」
「いけません、また街の人たちに囲まれるかもしないので、このまま私がお連れします」
アレスの真剣な眼差しに、恥ずかしく思う自分が悪いような気がして何も言えなくなった。
でも心臓に悪すぎる。緊急時でもないのに密着状態でどうしていいのかわからない。いくら専属執事だとはいえ異性とこんなに密着したことなんて今までなかったのだ。
だから家の前で優しく下ろされたときには魂が半分抜けかけていた。