「あら? あらあらあら? ……そっかぁ。嫌なんだ? 殿下に嫌われたくないんだ? それなのにあたしを無視するの?」


 愉悦に満ちた声音。出来る限り心を無にする。
 今の私は王太子の婚約者で、公爵令嬢。前世とは違う。

 前世で彼女が用いた力は、現世では通用しない。
 金持ちであることよりも、身分の方が強い。
 人が苦しんでいるのを見て喜ぶような馬鹿はこの学園には居ない――――と思う。

 無礼を働いて、評判が落ちるのはレイラの方。何も言わなければ、それだけでこの女に仕返しが出来る――――そう思っていたのだけど、嘘を吹聴されたら堪らない。


「――――礼を失している方とお話をする必要はないかと」


 こちらが悪者にならない程度に相手をすべきなのだろうか。非常に面倒だし、腹は立つけど。


「馬鹿みたいに気取った物言いね! ホントにつまらない女。いつまで悲劇のヒロインぶってんのかしら? いい加減うざいんだけど」


 水を得た魚の如く、レイラが勢いよく捲し立てる。
 つまらないなら放っておいてよ。あなたに割くだけ時間が勿体ないんだから。


「中途半端なのよ、あんた。メソメソと泣くことも出来ない。ヒールになる覚悟もない。『私は辛いことに耐えてるんです』って、そういうのが滲み出てんの。分かる?」


 だったらどうしろって言うのよ。
 レイラのものを隠したところで、悪評を流したところで、何の意味もない。寧ろ虚しくなるだけだ。


「現世では必ず、あんたのその澄ました面を、涙でぐちゃぐちゃにしてあげる。ヒロインはあたしなの。あたしが王子様を奪って、幸せになるところを見ていてよね」


 レイラはそう言って踵を返す。思わずため息が漏れた。