ある日、勇気を出して彼女の横に立ってみた。
もしかしたら彼女がここまで没頭する理由が分かるかも、と。
でも見上げた桜はいつも通りだった。

近づきすぎたせいか、
傘を滴る雫が彼女の鞄を打っていた。
「あっ!すみません」
反射的に出た謝罪によって、
意図せず存在を認知させることになった。
「なにそれ」
彼女の驚いた顔は一瞬で桜木を超える宝石へと変化し、
僕の傘へ入ってきた。
急なことで心臓の音が外に漏れ出す。
優しく伸ばされた彼女の手は、僕の髪を優しく触れた。
「はい」
手渡されたそれは、地面に溶ける花びらとは全然違う。
寒いのに、手のひらの一部だけ温かかった。

ベッドの上で何度も思い出す。
あー、めっちゃかわいい。
記憶を引き出す春の欠片を大切に保管しようと決めた。