「純也には、関係ないでしょ。
 ……で、話って何なの?」

私が素っ気なく訊ねると、純也が少しむっとした表情を見せた。

「そんな言い方はないだろう。
 こうして俺の方から折れて来てやったんだ。
 お前の方こそ、何をそんなに怒ってるのか知らないけど、
 いい加減素直になったらどうなんだ」

私は、唖然とした。
この男が何を考えているのかさっぱり分からない。
とりあえず、落ち着こうと思い、深呼吸をする。

「……ごめん、言ってる意味が全く分からないんだけど。
 そもそも、なんで私が怒ってるって話になるわけ?」

「怒ってるだろう。
 さっきから俺の方を全然見ようとしないし。
 連絡だって、全然して来なかったじゃないか」

(……んん?? 何かおかしい……)

どうやら、純也と私の認識のどこかにズレがありそうだ。

「ちょっと待ってよ。……私たち、別れたよね?
 どうして、私が純也に連絡をとらなきゃいけないの?」

「あんな一方的な別れ方があるかよっ。
 俺は、あれからもずっとお前のことが忘れられなかったんだ……!」

(はあ? 今更何を言っているのよ、この男は)

「百合と付き合ってるのに、そんなこと言える資格があんたにあると思ってるの?」

「百合とは......別に、付き合ってるってわけじゃない。
 あいつが勝手にくっ付いてくるだけで......」

「はあ?
 お互い下の名前で呼び合ってて、休みの日に2人きりで公園デートして、
 腕組んで、一緒に映画見て……付き合ってないって言ってる?
 しかも、結婚の約束までしてるって言ってなかった?」

「それは、あいつが勝手に言ってるだけだ。
 別に俺は、そんな気なんてない」

私は、くらくらしてきた頭を押さえて、倒れないよう必死で足に力を入れた。

「……え、何?
 純也の中では、私たち、まだ付き合ってるってことになってるわけ?」

「当たり前だろう!
 俺がいつお前と別れるって言ったんだよ!」

頭を鉄パイプで殴られたような衝撃だった(殴られたことはないが)。
その場で倒れなかったのが奇跡だと思う。

(え? 私、純也に別れようって、ちゃんと伝えた……わよね?)

さすがにまだモウロクするような歳ではない。
とりあえず、必死に覚えている限りの記憶を巻き戻して見る。

(確か、まずはメールで”別れよう”って伝えて、
 そしたら、純也からどういうことだって問い詰められて……)

『最初から合わなかったのよ、私たち。
 私なら、もう何とも思ってないから、純也は、純也の好きにしたらいいよ』

(……って、私が言ったら、純也が怒って……)

『なんだよそれ…………お前って、そんなひでぇ女だったんだな』

(…………あれって、”別れる”って意味じゃなかったの?!)

私は、まさかと思いつつも、引きつった顔で純也に訊ねた。

「……一応聞くんだけどさ、卒業してから一年経つわよね?
 私が ”別れよう”って言ってからだと約一年半……
 そんなに長い間連絡もとってないのに、付き合ってるって、本気で思ってたわけ?」

「そりゃ……俺だって、もう忘れてやろうって何度も思ったよ。
 でも、昨日、久しぶりにお前の顔を見たら、やっぱり忘れられないって……
 忘れてないんだって、気付いたんだ」

純也が拗ねたような顔で俯く。

「それに、あんな妙な男に取られるくらいなら……
 俺とやり直した方がお前だって、絶対に良い筈だろう?!」

その言葉に私は、ようやく合点がいった。

(……そういうことか。
 要は、他の男と一緒にいる私を見て、独占欲が沸いたってわけね)

誰かのモノになると分かれば、大して好きでもない相手でも、急に惜しくなるというのは、男の心情としてよくあることだろう。
私は、急激に自分の気持ちが冷めていくのを感じた。

「…………そうね。私が悪かったわ……」

私の言葉に、純也が期待に満ちた目で私を見る。

「それじゃあ……」