――――――…信じられない光景を見た。

突如として、ナジュの魔力が「変異」した。

それはさながら、俺が他の人格に「入れ替わる」ときと同じ。

肉体はそのままに、中身だけ別の人間に変わったような…。

…いや、肉体はそのままではない。

ナジュの魔力が変異すると同時に、肉体にも変化が現れていた。

じわじわと再生していた左腕が、いきなりずるっ、と生えた。

一瞬にして、再生速度が尋常ではなく加速したのだ。

それだけではない。

ナジュの両手の爪が、猛禽類のように伸びて、鋭く尖った。

靴が弾け飛び、剥き出しになった裸足の足の爪も、両手を同様、鋭い爪が伸びていた。

華奢な身体は、あっという間に筋肉質に変わり。

ナジュの黒髪が、肩くらいまで伸びた。

息は荒く、瞳孔が広がり、握り締めた拳から血が滲んでいた。

その姿は、まるで…。

「…ナジュ…お前、その姿は…」

「…ふーっ…ふーっ…」

ナジュは俺の問いかけには答えず、息を荒くして、敵の巨大アリスを睨みつけていた。

今ナジュが纏っているこの魔力、ナジュのものではない。

そして、この姿も…ナジュのものじゃない。

じゃあ誰なのか。

ナジュの中にいる、魔物の名前を思い出したとき。

獣の力を纏ったナジュは、地面を蹴って飛んだ。

その速度は、令月にも勝っていた。

巨大アリスとは、凄まじいまでの体格差があるはずなのに。

謎の力を解放したナジュは、渾身のパンチをアリスの腹に叩き込んだ。

魔法道具の産物とはいえ、女性の腹部を、容赦なく殴るとは。

「ぐぇっ…」

ベコッ、と歪な音がして、アリスは身体をくの字に曲げた。

…効いてる。

更に、ナジュの攻撃は腹パンだけに留まらなかった。

顔面を拳で殴りつけ、アリスの脳天に豪快な踵落としを食らわせた。

魔導師とは思えない、派手な肉弾戦だった。

力任せにも程がある。

しかし、知略もクソもないその攻撃は、確かにアリスに効いていた。

巨大アリスは口から胃液を吐き、よろよろとよろめいて、反撃すら出来なかった。

さっきまで、ろくに攻撃が通らなかったのに。

こんな力任せな攻撃でも、アリスに通っているのだ。

「何なんだ…この、力は…」

俺は、思わず呆然と呟いた。

見た目もそうだが、魔力もナジュとは違う、別人のものだ。

目の前で戦っている人物が、ナジュでないことは確かだった。

あいつがこんな力を使えるなんて、聞いてないぞ。

あれは誰の力なんだ…?

「…あれが…『冥界の女王』か…」

「…!」

いちごソースにまみれたシルナが、ナジュを見つめながら呟いた。

『冥界の女王』。

やはり、そうなのか…。