神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜

「『アメノミコト』の暗殺者は、皆殺される覚悟をしてる。殺される覚悟もなしに、人を殺す暗殺者なんていない」

「…令月…」

「だから、例え自分が殺されても、恨んで出てきたりしない」

…そう、なのか。

「そうだねー。俺も…もしかしたら、『玉響』が俺を恨んで出てきたのかと思ったけど…」

と、すぐりが言った。

「…!すぐり、それは…」

「あれは、そういう感じじゃなかったね。一体何の幽霊なんだか…」

「…」

…ますます、謎が深まるばかりだな。

ただ一つ言えるのは、あの黒い影は、愉快な理由で現れたのではないということだ。

きっと、この世を恨んだから出てきたんだろうし。

そう思うと、あの黒い影の正体を、知りたくもあり…知りたくない気持ちもある。

知らない方が良いことって、あるからな。

黒い影の正体も、知らない方が良いのかもしれない。

「さて、これからどうする?」

でも、逃げてはいられない。

もし本当に、何か理由があって、学院に出没しているのだとしたら。

その原因を突き止め、出来ることなら平和的にお引取り願いたい。

これ以上、幽霊騒ぎを広められたら敵わないからな。

「イーニシュフェルト魔導学院には幽霊が出る」なんて噂を広められたら、来年度の受験者数に響くぞ。

幽霊が出ると噂の校舎に、誰が好んで通いたいもんか。

生徒達を安心させる為にも、何とかしなければならない。

ましてや、学院長が全く頼りにならないこの状況だ。

俺達が何とかしなければ。

「僕と天音さんは、まだその影とやらを見ていませんからね。僕達も見たいものですね」

「そうだな…。じゃあ、明日からも深夜のパトロールは続行するか…」

生徒の身の安全を守る為にも、パトロールは続けた方が良いだろう。

今夜で終わると思ってたんだがな。やれやれ。

「そーだね。俺達も、気合い入れて巡回しよっかー」

「うん。次会ったら、捕まえてみせる…」

と、意気込みを語る元暗殺者組。

…お前らは、大人しく学生寮に帰ってろよ。

しかし。

「いやぁ、今回はお二人にも頼りましょうよ。夜の間は、僕達より遥かに頼もしいんですから」

「…そうだな…」

悔しいが、ナジュの言う通りだ。

シルナが全く頼りにならない以上、借りられる手は全部借りたい。

ましてや、夜の闇の中において、この二人に並ぶ者はいないんだし…。

もし、黒い影の正体が『アメノミコト』絡みなのだとしたら…令月達も、無関係ではいられないからな。

既に黒い影を目撃してしまった以上、ここで引き下がるのは、二人共納得しないだろう。

…仕方がない。

今回は…ってか、今回も、令月とすぐりを巻き込むことになってしまうようだ。
俺達が見た、あの黒い影の正体。









それを知ることになるのは、初めて黒い影を目撃した、翌週のことだった。






―――――放課後。

五年生の女子生徒三人組が、廊下を横切る「その人物」を見つけた。

「あ、学院長先生。こんにちは〜」

「こんにちは〜」

「その人物」…学院長シルナ・エインリーに声をかけると。

「…」

シルナは、無言でゆっくりと女子生徒を振り返った。

「丁度良かった。私達、これからおやつもらいに行っても良いですか?」

女子生徒の一人が、悪戯っぽく笑って、そう聞いた。

シルナがいつも、放課後の学院長室に生徒を呼び。

チョコレートやらお茶やら、何かしらのおやつを振る舞っていることは、イーニシュフェルト魔導学院の生徒なら誰もが知るところ。

ましてやこの三人組は、もう五年生。

おやつ目的で学院長室を訪ねても、全く罰されないどころか。

むしろ、来訪を歓迎され、喜んでお菓子を振る舞ってもらえることを知っている。

こんなフランクな会話は、イーニシュフェルト魔導学院では珍しくないのである。

だからこそ、この三人も、きっと喜んでシルナが学院長室に迎えてくれると思っていた。

…しかし。

シルナから帰ってきた返事は、三人の予想を大きく裏切るものだった。

「駄目だよ、そんなこと」

シルナは、笑顔でそう言った。

「え…」

「忙しいんですか?今日…」

面食らった三人が、驚いた顔をしていると。

そんな三人に、シルナは言った。

「学院長室は、君達の遊び場じゃないんだよ。君達も学生なら、遊んでる暇があったら少しは勉強しなさい」

「…」

「…」

「…」

シルナらしからぬ、この発言に。

三人共、思わず絶句してしまった。

そして、何事もなかったように立ち去っていく、シルナの背中を見て思った。

「…学院長先生、一体どうしちゃったの?」と。
――――――さて、こちらは学院長室。

学院の何処かで、三人の五年生の女子生徒が、愕然としてシルナの背中を見つめていたことも知らず。

俺達は、例の黒い影対策を考えていた。

…の、だが。

「お札。お守り。お札お守りお札お守り…」

「…」

「破魔矢。盛り塩。祓串…」

シルナは、もごもごと何かを呟きながら、巨大な段ボール箱を漁っていた。

何をやってるんだ、こいつは…。

あの後、目が覚めてからというもの。

シルナはずっと挙動不審である。

まず、物音に敏感になった。

ちょっと誰かの足音がしたら、もう、飛び上がる勢いで驚いてんの。

何なら、鏡に自分の影が映っだけで「うぴゃぁぁぁ!」とか言ってる。

重症だよ。

例の黒い影を見てからというもの、完全にガチビビリモードになってしまったらしい。

情けない学院長だよ…。

「よし、羽久。お札を貼りに行こう」

なんて言い出してるしな。

「お札って…お前…」

「魔除けのお札だから。神社に行ってもらってきたの。これを校内に…1メートルおきに壁に貼ろう!そしたら、もう何も出てこないはず!」

不気味な校舎だな、おい。

生徒達が悲鳴をあげるだろ。やめろ。

「それから盛り塩だ。全部の教室の四隅に、盛り塩を置こう」

だから、生徒がビビるからやめろって。

何が嬉しくて、盛り塩が置かれた教室で授業を受けなきゃならんのだ。可哀想に。

盛り塩が気になって、授業に集中するどころじゃないだろう。

しかし、誰よりも黒い影にビビっているシルナは。

「あとは、霊媒師だ。霊媒師を呼ぼう」

…なんか言ってるぞ。

霊媒師…?

「霊媒師にお祓いをしてもらおう!それが一番だよ」

お祓いって…。

まぁ、間違ってはないのかもしれないが…。

「やめなさい、馬鹿らしい。霊媒師なんて皆インチキです」

身も蓋もないイレースが、ばっさりと切り捨てるように言った。

ま、まぁ…。皆インチキかどうかは分からないだろ。

もしかしたら、中には本当に頼りになる霊媒師も、いるかもしれない。

だが、運悪くインチキ霊媒師に捕まってしまったら。

高額な霊感商品みたいなのを売りつけられて、詐欺に引っかかる可能性もある。

幽霊なんかより、そういう詐欺師の方が怖いよな。

しかし、シルナは。

「例えインチキでも良い!とにかく、霊媒師に来てもらいたい!」

血走った目で、血迷ったことを叫んでいた。

…お前って奴は…。

「…羽久さん。このつまらない男が、つまらない霊媒師なんて呼ばないよう、ちゃんと見張っていてください」

と、イレース。

「あぁ…分かったよ」

つまらない男だってさ、シルナ。

…すると、そこに。

「はぁ…。呼んでないときは来る癖に、来て欲しいときは来ないんですよね。廃品回収ですかね?」

「ま、まぁまぁ…。そう簡単にはね…」

うんざりした様子のナジュと、それを宥める天音が、学院長室にやって来た。
ナジュの言う、呼んでも来ない…というのは。

「そりゃ勿論、例の黒い影ですよ」

だよな。

結局あれ以来、ナジュと天音が黒い影を見る機会はない。

何なら俺達も、あれ以来黒い影の姿を拝んでいない。

深夜のパトロールは続けているのだが、何も出てこないのだ。

こう何日も何もないと、やっぱりあれは夢だったんじゃないか、という気がしてくるが…。

夢じゃないんだよな。

イレースも、令月もすぐりも、シルナも見たんだから。夢じゃない。

「さっき天音さんと、こっくりさんやったんですよ」

と、ナジュはとんでもないことを言った。

「は?何でそんな危険なことを?」

「幽霊が出てくるかと思って」

お前、自分が死なないからって、無茶をするなよ。

そして、天音を巻き込むな。

「でも、駄目でした。何も起きませんでしたね。ねぇ天音さん」

「うん…。僕は、何も起きなくて良かったと、心から思ってるよ」

だろうな。

ナジュの奴、「この藪にはヘビがいる」と分かるや否や、ヘビが出てくるまで藪をつつくつもりか。

さすが、イーニシュフェルト魔導学院の命知らず代表だな。

と、そのとき。

「やっほー」

「来たよ」

「うぴゃぁぁぁぁっ!!」

シルナの背後の窓から、元暗殺者組の二人がよじ登ってきた。

…お前ら…普通に来いよ。

何で、窓を玄関代わりに使ってるんだ。

情けない悲鳴をあげたシルナが、盛り塩をひっくり返しながら、俺に飛びついてきた。

あーあ…もう…。

「…?学院長、どうしたの?」

どうしたのじゃねぇ。お前らのせいだよ。

「どう?不死身せんせー。お化け見た?」

「見てません。何処にいるんですかそいつは」

「そっかー。俺も探してるんだけどなー。なっかなかいないんだよねー」

そう頻繁に出てこられたら、それはそれで困るけどな。

ナジュが言った通り。求めてるときには来ないんだよ。

呼んでないときは、あっさり来るのにな。

「って言うか…結局あの黒い影、何処に現れるのか分かんないんだよね」

「あ、それは僕も同感です」

すぐりとナジュが、気になることを言った。

…何処に現れるか…って。

「出てくるのは、第二稽古場じゃないのか?」

最初から噂になってただろ?第二稽古場。

「いえ、それが、そうでもないんです。会う生徒の心を読みまくってるんですが」

「うん。俺も糸魔法を張り巡らせて、『聞き込み』してるんだけど…どうも、情報が錯綜してるんだよね」

…情報が錯綜してる、だって?
「どうも、黒い影とやらが出没する箇所は、第二稽古場だけではないようですよ」

と、ナジュが言った。

何?

「色んな場所が噂になってるんですよ。第二稽古場だけじゃなくて、食堂、図書室、実習室、教室、階段…。果ては職員室付近で見たって噂もあるみたいですね」

「そ、そんなに…?職員室にまで出るのか…?」

そこまで色んな場所に出てきてるなら、もう、校内何処にいても不思議じゃないな。

「俺も糸魔法使って、色んな生徒が話してるのを盗み聞きしたけどさー」

盗み聞きはやめろよ。

いや、勝手に人の心を読むのもアウトだけどさ。

「どうも、一箇所に定まらないんだよね。色んなところで目撃情報が出てる。校内に安全地帯はないね」

マジかよ。

じゃあ、もしかして…。

「はい。学院長室にも、目撃情報があるみたいですよ」

まさかと思った俺の心を読んで、ナジュがそう言った。

「えぇぇぇぇ!」

勿論、今叫んだのはシルナである。

「盛り塩!盛り塩、盛り塩!」

必死になって、学院長室の四隅に塩を置いていた。

まぁ、あれだ。

あくまで噂になってるってだけで、本当に学院長室に、あの黒い影が出てきたのかというと…それは不明だな。

むしろ、噂になっていない場所を探す方が難しいくらいだし。

すぐりの言う通り、安全地帯はないと思った方が良い。

「実際俺達が見たのも、第二稽古場じゃなくて…正しくは、第二稽古場の渡り廊下だったもんな」

第二稽古場に限らず、黒い影の出現ポイントは、校舎内なら何処でも、ってことなんだろう。

恐ろしいことに。

盛り塩ぐらいで、どうにかなるのかは分からないな。

校舎の四隅に盛り塩をすれば、効果はあるんだろうか?

「何処に出てくるのか分からないんじゃ、何処に罠を仕掛ければ良いのかも分からないや…」

と、難しい顔の令月である。

幽霊って、そんな獣みたいに罠で仕留めるものだっけ?

まぁ良いか。

「出現する場所もそうですが、出現する条件や対象も見つけなくては」

「条件か…。そんなのあるのか?」

「分かりませんね。とにかく、再び会ってみないことには分かりません」

盛り塩が効くのかどうかも、試してみなければ分からないな。

「深夜のパトロールは継続。生徒達には、何も心配せず、目の前の授業に集中するよう伝えよう」

「…学院長がこれほど狼狽えてるんじゃ、集中するものも集中出来ませんけどね」

生徒の手本となるべき学院長が、生徒よりも、誰よりもビビりまくってんだもんな。

その分、俺達が代わりにしっかりしよう。
――――――…僕達が見た、謎の黒い影の正体も気になるけど。

「…うーん…」

「?どうしたの?」

最初に黒い影を見た夜からずっと、『八千歳』は難しい顔をしたままだ。

なかなかお化けが捕まえられないから、そのせいだと思っていた。

…しかし。

「ねぇ、ここだけの話なんだけどさー」

「何?」

「最近、学院長せんせーの様子、おかしくない?」

「…え?」

お化けの話、じゃなくて?

学院長の話?

しかも、様子がおかしいって…。

…学院長の様子…。

「…何かおかしい?」

お化けに過剰に怯えてるみたいで、そういう意味では、いつもとは様子が違うけど。

でも多分、『八千歳』が言いたいのは、そういうことじゃないんだろう。

少なくとも僕の目から見ると、特に様子がおかしいようには見えないけど…。

すると。

「だよね。俺もおかしいようには見えない」

…そうなんだ。

じゃあ、何でおかしいかどうか聞いたんだろう。

「でも、最近…糸で『聞き込み』してたら、どうも妙な噂が聞こえてきてねー」

「妙な噂?…それが、学院長の様子がおかしいってこと?」

「そーなんだよ。学院長せんせーが、最近変なんじゃないかって、生徒の間で噂になってる」

…そうなんだ。

そういえば、昼間…クラスの誰かが話してた気がする。

学院長が、最近変だって。

最近、お化けのせいで挙動不審になってるから、それで様子が変なんだろうと思って…あのときは聞き流してたけど。

「お化けのせいだけじゃないの?」

「そーだね。最近、人が変わったように…真面目になった、って言われてる」

…真面目…。

真面目な学院長か…。

「…それは気持ち悪いね」

「でしょ?気持ち悪いんだよ」

学院長が、学院長じゃないみたいだ。

やっぱり、学院長にはいつもの学院長でいてもらいたい。

「お化け騒ぎのせいで、情緒が不安定なのかな?」

「どーなんだろ…?」

うーん、と二人で首を傾げる。

「…とりあえず、様子見に行ってみよっか」

「うん」

学院長の様子がおかしいっていう、その噂が本当なのか。

確かめてみないことには、分からない。
『八千歳』と一緒に、学院長室に来てみると。

心配していた、学院長の様子を一番に確認したところ。

「盛り塩じゃ効果がないのかもしれない…。盛り塩じゃなくて…盛りチョコレートにすべきなのでは…!?」

「…」

小皿の上にチョコレートを乗せて、変なことを呟いている学院長。

…かと思えば。

「むしろ、和解を試みるべきかもしれない。チョコレートを一緒に食べれば、幽霊と言えども、仲良くなれるかもしれない…!」

と、宣う学院長。

変なことは言ってるけど、至って通常運転に見える。

ついでに。

「幽霊が、モノを食べられるのか…?」

と、ツッコミを入れる羽久も、いつも通りに見える。

特に変わった様子はない。

じゃあ、『八千歳』がさっき言っていたことは…?

学院長の様子がおかしいっていうあの噂は、本当なんだろうか。

僕の見たところでは、様子がおかしいようには、とても…。

「…」

「…」

僕と『八千歳』は、互いに顔を見合わせた。

そして、内心首を傾げていた。

一体どういうことなんだろ。これは。

すると、そのとき。

「いやはや、なかなか会おうと思っても会えないものですね」

「うん…。でもまぁ、僕は正直、幽霊を見たいとは思わないから…。見ないで済んでて良いのかも…」

あ、不死身先生と天音だ。

この二人のセットも、最近よく見るよね。

仲良しなのかもしれない。僕と『八千歳』と同じだね。

「あ、ナジュせんせーだ」

「どうですか?進捗状況は。幽霊は捕まえられそうですか」

「捕まえたいんだけどさー。捕まらないし…。それに、色々気になることもあるし」

「気になること?…あぁ、成程…」

『八千歳』の心を読んだのか、不死身先生は一人で納得していた。

…。

確か不死身先生も、生徒の心を読みまくって、目撃情報を集めてるんだっけ。

じゃあ、相談相手にはうってつけかも。

「…『八千歳』。不死身先生に…」

「そーだね。相談してみよう」

僕と『八千歳』は、学院長に聞こえないよう、小声でそう言った。

「ナジュせんせー、ちょっと外で話そう」

「良いですよ。…天音さんも連れてって良いですよね?」

天音?

「うん、いーよ」

「分かりました。じゃあ天音さん、ちょっと来てください」

「え?何で?どういうこと?」

「来たら分かりますから」

不死身先生は、強引に天音の背中を押して、学院長室の外に連れ出した。

僕と『八千歳』も、二人に続いて部屋の外に出た。
向かった先は、職員室。

ここまで来れば、羽久や、学院長本人にも聞かれずに済む。

「一体どうしたの…?」

天音だけは事情が分からないみたいで、首を傾げていた。

大丈夫。僕も、事前に『八千歳』に聞かされてなかったら、きっと同じく首を傾げていただろうから。

「ナジュせんせーは分かってると思うから、ズバリ聞いちゃうけどさー…。…学院長せんせーの様子がおかしいって噂、あれ本当なの?」

と、『八千歳』が尋ねた。

「えっ…。学院長先生の様子がおかしいって?」

不死身先生が答える前に、天音がびっくりして声をあげた。

不死身先生の意見を聞く前に、まずは、天音に説明するのが先だね。

「『八千歳』が糸魔法で情報収集してたら、お化けの噂に加えて、最近学院長の様子がおかしいんじゃないか、って噂も広まってるらしいよ」

と、僕は天音に説明した。

天音が信じるかどうかは、別の話。

「学院長先生の様子が…?確かに…最近は幽霊騒ぎのせいで、随分挙動不審になってるみたいだけど…」

「いや、それとは別にさ。なんか真面目になったんじゃないかって噂されてるんだよ」

「…真面目…?」

ますます、傾ける首の角度が大きくなっていく天音。

そっか。やっぱり天音も、そう思うか。

僕もだよ。

あの学院長の様子を見たところ、おかしいようには見えない。

至っていつも通りだよね。

すると。

「僕も気になってたんです。生徒の心を読むと、学院長が真面目になったとか、学院長が心変わりしたとか…そんなことを考えてる生徒が、一定数存在してまして」

と、不死身先生が言った。

『八千歳』に加えて不死身先生も、その噂を知っていた。

じゃあ、本当なんだ。

生徒の間で、学院長の様子がおかしいって噂が流れてるのは、本当なんだね。

「それ、どういうこと…?学院長先生が心変わり…?」

「僕にもよく分かりません。でも、生徒が嘘をついている訳じゃないことは、心を読めば分かります」

誰だって、嘘を噂話にはしたくないだろうからね。

噂をする生徒達は、本当に学院長の様子が変になったって思ってるんだ。

「そんな…。僕の目から見たら、学院長は普通だけど…」

「僕の目から見ても、普通ですよ」

「俺も。何なんだろーね?あの噂…」

「…」

ここにいる四人の目から見て、学院長は何ら変わりない。いつも通りの学院長だ。

それなのに一部の生徒は、学院長が真面目になった、心変わりしたと噂している。

その噂には、何らかの根拠があるはずだ。

最初に黒い影を目撃した人が、目撃情報を流したように。

学院長の心変わりについても、最初にそれを見つけた人がいるはず…。

それが誰なのかは、残念ながら分からない。