…悲報。
ただの噂話だと思っていた幽霊騒ぎが、真実味を帯びてきた。
実際にこの目で見せられたのだから、否定のしようがない。
念の為、頬を抓ってみたが。
ちゃんと痛かったので、ワンチャン夢かもしれない可能性もゼロ。
そうか、やっぱり駄目か。
確かにあれは、見間違いではなかった。
「令月、すぐり…。さっきの黒い影…人影だったよな?」
「うん。人の形してたね」
「あれは人間だね」
ワンチャン、構内に迷い込んだ野良犬の可能性もあったのだが。
令月とすぐりに否定された以上、野良犬の可能性はゼロ。
この二人が、暗闇の中で人影を見間違えることは有り得ない。
…ということは、やっぱりさっきのは…。
「この目で見てしまったら、信じない訳にはいかないよな…」
「…幽霊かどうかは別にして、何者かが学院内に出没しているのは、確かなようですね」
さすがのイレースも、認めざるを得なかったらしい。
イレースは意固地な訳ではない。これまで頑なに幽霊を認めなかったのは、自分の目で見たことがなかったから。
自分の目で確かに見てしまったら、幽霊だろうとちゃんと認める。
本当に幽霊かどうかは、まだ分からないけどな。
「あれって、本当にお化けなのかな?」
「さぁねー。そうかもしれない」
…。
令月とすぐりは、意外と冷静…と言うか。
むしろ、面白がっている風にそう言った。
…うん。
「とりあえず…ナジュと天音を呼んでこようか」
令月達を追い返したいところだが、残念ながらこの二人も、重要な目撃者の一員なので、追い返すことは出来ない。
この二人も交えて、ちょっとナジュと天音を呼んで、作戦会議だ。
…が、その前に。
「…こいつ、どうする?」
俺は、白目を剥いて気絶しているシルナを指差した。
よく見たら、口から泡を吹いていた。
幽霊を目の当たりにして、意識が吹っ飛んだらしい。
「知りませんよ。放っておきなさい」
イレースは、吐瀉物を見るような目でシルナを見下ろした。
そうか。
俺も、そうした方が良いと思う。
じゃ、置いていくか。
朝になったら、勝手に自分で起きて戻ってくるだろ。多分。
…と、思ったら。
「学院長、置いていくの?」
「かわいそーだから、引き摺ってあげるよ」
すぐりが、両手から糸を出して、繭のようにシルナをくるんで、ずるずる引き摺っていった。
良かったな。すぐりがいて。
置き去りにされずに済んだぞ。
深夜だったが、急遽ナジュと天音を呼んできた。
天音の方は「緊急事態から来て」と言うと、飛び起きて来てくれたが。
ナジュの方は、
「も〜…。何なんですか?今リリスとイチャイチャしてたのに…」
などと、不満たらたらであった。
「幽霊が出たんだよ」
どうだ。少しは驚いたか。
しかし。
「幽霊?幽霊が出たくらいで、僕のイチャイチャタイムの邪魔をしないでください」
殴るぞお前。
幽霊だぞ。もっと反応ってもんがあるだろ。
「全くもう…折角良い感じに盛り上がって…。え?本当に幽霊が出たんですか?」
「そうだよ」
「…」
ナジュは、しばしぽやんとしてから。
「何で捕獲しなかったんですか?」
と、尋ねた。
何で捕獲前提なんだよ。
「捕獲しようとしたけど、逃げられたんだよ」
「へぇ。幽霊って、意外とすばしっこいんですね」
そうらしいな。
あの令月とすぐりから逃げるんだから、なかなかのもんだよ。
すると、天音が横から聞いてきた。
「そ、それで羽久さん。あの、学院長先生は…?」
「…ご覧の通りだよ」
シルナは、気絶したまままだ目が覚めていない。
すぐりの糸繭にくるまれたまま、ミノムシみたいになって意識を失っている。
情けない姿だ。
余程幽霊が怖かったと見える。
「だ、大丈夫かな…。学院長先生、学院長先生!起きてください」
天音が必死になって、シルナを揺り起こそうとしたが。
「…」
シルナ、無反応。
もう死んでるんじゃね?
「幽霊を見た程度で死ねるなんて…幸せな人生ですね」
ナジュの皮肉が突き刺さる。
全くだよ。
「シルナは放っといて…さっきの黒い影について話し合おうぜ」
「ほ、放っといておくのは可哀想なんじゃないかな…。とりあえず、毛布だけかけておいてあげよう…」
そう言って、天音は保健室から毛布を持ってきて、気絶したシルナにそっとかけてあげていた。
天音が優しくて良かったな、シルナ。
「で、皆さんが見た幽霊って、どんな形だったんですか?」
「さっき、黒い影って言ってたけど…。黒い影の幽霊だったの?」
この場で、幽霊を目にしていないナジュと天音が尋ねた。
そうだな…。
「幽霊と言うと、髪の長い白い服を着た女が…。みたいなのが定番ですけど」
「そ、それは…漫画やドラマの話じゃないの?」
そもそも、ここは学校だからな。
出てくるとしても、制服を着た子供の霊じゃね?
いや、あの黒い影の正体が、子供だったかどうかは分からないんだけど。
「噂通り、黒い影の幽霊だったよ」
「ふーん…」
「黒い影…。何だかはっきりしないね」
全くだ。
人影だけじゃ、正体が分からないじゃないか。
「黒ですか…それが白だったら、オーブの可能性もあるんですけどね」
お、オーブ?
あぁ、心霊写真とかにありがちな、白いもやもやみたいな奴か?
あんな感じでは…なかったなぁ。
もっとリアルな…まるで生きているかのような影だった。
「えっと…それは、見間違いじゃないんだよね?本当に…いたの?」
天音が、不気味そうに尋ねた。
…そうだな。
見間違いだったら良かったんだけど…。
「俺だけじゃない。イレースも令月も、すぐりも見たんだぞ」
俺とイレースだけならともかく。
この中で、誰よりも夜目が利く元暗殺者組までもが、あの幽霊を目撃したのだ。
勘違いではない。
「認めたくはありませんが、確かに黒い影のようなものを目撃しました」
「うん、僕も見た」
「俺も見たよー。気持ち悪かったね」
イレースと令月、すぐりが言った。
俺も含めて四人が…あ、一応シルナも加えておくと、五人の人間が目撃した訳だから。
見間違いでした、では済まないだろう。
さすがにな。
「じゃあ、本当に…。…でも、学院に出てくる幽霊の正体に、心当たりはあるの?」
「…それなんだよ。疑問なのは」
幽霊の姿がもっとはっきり見えていれば、正体を突き止めることが出来たんだろうに。
俺達が見た幽霊は、ただの黒い人影でしかなかった。
シルエットだけじゃ、その正体は分からない。
「学院内で死んだ人間なんていないし…」
「強いて言うなら、『アメノミコト』の襲撃を受けたときに、『アメノミコト』の暗殺者とやり合いましたが」
イレースに言われてから、そういえばそうだったと思い出した。
学院で起きた殺傷事件と言ったら、唯一そのとき…『アメノミコト』の刺客達と戦ったときくらいか…。
じゃあ、『アメノミコト』の暗殺者が化けて出た…とか?
…今更?
『アメノミコト』の襲撃から、結構時間経ってるんだけど。
今更出てきてのか?
随分ラグがあったな。
それとも、何か言いたいことがあって出てきたのか?
しかし。
「それは有り得ないよ」
「何?」
令月が、きっぱりとそう言った。
「『アメノミコト』の暗殺者は、皆殺される覚悟をしてる。殺される覚悟もなしに、人を殺す暗殺者なんていない」
「…令月…」
「だから、例え自分が殺されても、恨んで出てきたりしない」
…そう、なのか。
「そうだねー。俺も…もしかしたら、『玉響』が俺を恨んで出てきたのかと思ったけど…」
と、すぐりが言った。
「…!すぐり、それは…」
「あれは、そういう感じじゃなかったね。一体何の幽霊なんだか…」
「…」
…ますます、謎が深まるばかりだな。
ただ一つ言えるのは、あの黒い影は、愉快な理由で現れたのではないということだ。
きっと、この世を恨んだから出てきたんだろうし。
そう思うと、あの黒い影の正体を、知りたくもあり…知りたくない気持ちもある。
知らない方が良いことって、あるからな。
黒い影の正体も、知らない方が良いのかもしれない。
「さて、これからどうする?」
でも、逃げてはいられない。
もし本当に、何か理由があって、学院に出没しているのだとしたら。
その原因を突き止め、出来ることなら平和的にお引取り願いたい。
これ以上、幽霊騒ぎを広められたら敵わないからな。
「イーニシュフェルト魔導学院には幽霊が出る」なんて噂を広められたら、来年度の受験者数に響くぞ。
幽霊が出ると噂の校舎に、誰が好んで通いたいもんか。
生徒達を安心させる為にも、何とかしなければならない。
ましてや、学院長が全く頼りにならないこの状況だ。
俺達が何とかしなければ。
「僕と天音さんは、まだその影とやらを見ていませんからね。僕達も見たいものですね」
「そうだな…。じゃあ、明日からも深夜のパトロールは続行するか…」
生徒の身の安全を守る為にも、パトロールは続けた方が良いだろう。
今夜で終わると思ってたんだがな。やれやれ。
「そーだね。俺達も、気合い入れて巡回しよっかー」
「うん。次会ったら、捕まえてみせる…」
と、意気込みを語る元暗殺者組。
…お前らは、大人しく学生寮に帰ってろよ。
しかし。
「いやぁ、今回はお二人にも頼りましょうよ。夜の間は、僕達より遥かに頼もしいんですから」
「…そうだな…」
悔しいが、ナジュの言う通りだ。
シルナが全く頼りにならない以上、借りられる手は全部借りたい。
ましてや、夜の闇の中において、この二人に並ぶ者はいないんだし…。
もし、黒い影の正体が『アメノミコト』絡みなのだとしたら…令月達も、無関係ではいられないからな。
既に黒い影を目撃してしまった以上、ここで引き下がるのは、二人共納得しないだろう。
…仕方がない。
今回は…ってか、今回も、令月とすぐりを巻き込むことになってしまうようだ。
俺達が見た、あの黒い影の正体。
それを知ることになるのは、初めて黒い影を目撃した、翌週のことだった。
―――――放課後。
五年生の女子生徒三人組が、廊下を横切る「その人物」を見つけた。
「あ、学院長先生。こんにちは〜」
「こんにちは〜」
「その人物」…学院長シルナ・エインリーに声をかけると。
「…」
シルナは、無言でゆっくりと女子生徒を振り返った。
「丁度良かった。私達、これからおやつもらいに行っても良いですか?」
女子生徒の一人が、悪戯っぽく笑って、そう聞いた。
シルナがいつも、放課後の学院長室に生徒を呼び。
チョコレートやらお茶やら、何かしらのおやつを振る舞っていることは、イーニシュフェルト魔導学院の生徒なら誰もが知るところ。
ましてやこの三人組は、もう五年生。
おやつ目的で学院長室を訪ねても、全く罰されないどころか。
むしろ、来訪を歓迎され、喜んでお菓子を振る舞ってもらえることを知っている。
こんなフランクな会話は、イーニシュフェルト魔導学院では珍しくないのである。
だからこそ、この三人も、きっと喜んでシルナが学院長室に迎えてくれると思っていた。
…しかし。
シルナから帰ってきた返事は、三人の予想を大きく裏切るものだった。
「駄目だよ、そんなこと」
シルナは、笑顔でそう言った。
「え…」
「忙しいんですか?今日…」
面食らった三人が、驚いた顔をしていると。
そんな三人に、シルナは言った。
「学院長室は、君達の遊び場じゃないんだよ。君達も学生なら、遊んでる暇があったら少しは勉強しなさい」
「…」
「…」
「…」
シルナらしからぬ、この発言に。
三人共、思わず絶句してしまった。
そして、何事もなかったように立ち去っていく、シルナの背中を見て思った。
「…学院長先生、一体どうしちゃったの?」と。
――――――さて、こちらは学院長室。
学院の何処かで、三人の五年生の女子生徒が、愕然としてシルナの背中を見つめていたことも知らず。
俺達は、例の黒い影対策を考えていた。
…の、だが。
「お札。お守り。お札お守りお札お守り…」
「…」
「破魔矢。盛り塩。祓串…」
シルナは、もごもごと何かを呟きながら、巨大な段ボール箱を漁っていた。
何をやってるんだ、こいつは…。
あの後、目が覚めてからというもの。
シルナはずっと挙動不審である。
まず、物音に敏感になった。
ちょっと誰かの足音がしたら、もう、飛び上がる勢いで驚いてんの。
何なら、鏡に自分の影が映っだけで「うぴゃぁぁぁ!」とか言ってる。
重症だよ。
例の黒い影を見てからというもの、完全にガチビビリモードになってしまったらしい。
情けない学院長だよ…。
「よし、羽久。お札を貼りに行こう」
なんて言い出してるしな。
「お札って…お前…」
「魔除けのお札だから。神社に行ってもらってきたの。これを校内に…1メートルおきに壁に貼ろう!そしたら、もう何も出てこないはず!」
不気味な校舎だな、おい。
生徒達が悲鳴をあげるだろ。やめろ。
「それから盛り塩だ。全部の教室の四隅に、盛り塩を置こう」
だから、生徒がビビるからやめろって。
何が嬉しくて、盛り塩が置かれた教室で授業を受けなきゃならんのだ。可哀想に。
盛り塩が気になって、授業に集中するどころじゃないだろう。
しかし、誰よりも黒い影にビビっているシルナは。
「あとは、霊媒師だ。霊媒師を呼ぼう」
…なんか言ってるぞ。
霊媒師…?
「霊媒師にお祓いをしてもらおう!それが一番だよ」
お祓いって…。
まぁ、間違ってはないのかもしれないが…。
「やめなさい、馬鹿らしい。霊媒師なんて皆インチキです」
身も蓋もないイレースが、ばっさりと切り捨てるように言った。
ま、まぁ…。皆インチキかどうかは分からないだろ。
もしかしたら、中には本当に頼りになる霊媒師も、いるかもしれない。
だが、運悪くインチキ霊媒師に捕まってしまったら。
高額な霊感商品みたいなのを売りつけられて、詐欺に引っかかる可能性もある。
幽霊なんかより、そういう詐欺師の方が怖いよな。
しかし、シルナは。
「例えインチキでも良い!とにかく、霊媒師に来てもらいたい!」
血走った目で、血迷ったことを叫んでいた。
…お前って奴は…。
「…羽久さん。このつまらない男が、つまらない霊媒師なんて呼ばないよう、ちゃんと見張っていてください」
と、イレース。
「あぁ…分かったよ」
つまらない男だってさ、シルナ。
…すると、そこに。
「はぁ…。呼んでないときは来る癖に、来て欲しいときは来ないんですよね。廃品回収ですかね?」
「ま、まぁまぁ…。そう簡単にはね…」
うんざりした様子のナジュと、それを宥める天音が、学院長室にやって来た。
ナジュの言う、呼んでも来ない…というのは。
「そりゃ勿論、例の黒い影ですよ」
だよな。
結局あれ以来、ナジュと天音が黒い影を見る機会はない。
何なら俺達も、あれ以来黒い影の姿を拝んでいない。
深夜のパトロールは続けているのだが、何も出てこないのだ。
こう何日も何もないと、やっぱりあれは夢だったんじゃないか、という気がしてくるが…。
夢じゃないんだよな。
イレースも、令月もすぐりも、シルナも見たんだから。夢じゃない。
「さっき天音さんと、こっくりさんやったんですよ」
と、ナジュはとんでもないことを言った。
「は?何でそんな危険なことを?」
「幽霊が出てくるかと思って」
お前、自分が死なないからって、無茶をするなよ。
そして、天音を巻き込むな。
「でも、駄目でした。何も起きませんでしたね。ねぇ天音さん」
「うん…。僕は、何も起きなくて良かったと、心から思ってるよ」
だろうな。
ナジュの奴、「この藪にはヘビがいる」と分かるや否や、ヘビが出てくるまで藪をつつくつもりか。
さすが、イーニシュフェルト魔導学院の命知らず代表だな。
と、そのとき。
「やっほー」
「来たよ」
「うぴゃぁぁぁぁっ!!」
シルナの背後の窓から、元暗殺者組の二人がよじ登ってきた。
…お前ら…普通に来いよ。
何で、窓を玄関代わりに使ってるんだ。
情けない悲鳴をあげたシルナが、盛り塩をひっくり返しながら、俺に飛びついてきた。
あーあ…もう…。
「…?学院長、どうしたの?」
どうしたのじゃねぇ。お前らのせいだよ。
「どう?不死身せんせー。お化け見た?」
「見てません。何処にいるんですかそいつは」
「そっかー。俺も探してるんだけどなー。なっかなかいないんだよねー」
そう頻繁に出てこられたら、それはそれで困るけどな。
ナジュが言った通り。求めてるときには来ないんだよ。
呼んでないときは、あっさり来るのにな。
「って言うか…結局あの黒い影、何処に現れるのか分かんないんだよね」
「あ、それは僕も同感です」
すぐりとナジュが、気になることを言った。
…何処に現れるか…って。
「出てくるのは、第二稽古場じゃないのか?」
最初から噂になってただろ?第二稽古場。
「いえ、それが、そうでもないんです。会う生徒の心を読みまくってるんですが」
「うん。俺も糸魔法を張り巡らせて、『聞き込み』してるんだけど…どうも、情報が錯綜してるんだよね」
…情報が錯綜してる、だって?
「どうも、黒い影とやらが出没する箇所は、第二稽古場だけではないようですよ」
と、ナジュが言った。
何?
「色んな場所が噂になってるんですよ。第二稽古場だけじゃなくて、食堂、図書室、実習室、教室、階段…。果ては職員室付近で見たって噂もあるみたいですね」
「そ、そんなに…?職員室にまで出るのか…?」
そこまで色んな場所に出てきてるなら、もう、校内何処にいても不思議じゃないな。
「俺も糸魔法使って、色んな生徒が話してるのを盗み聞きしたけどさー」
盗み聞きはやめろよ。
いや、勝手に人の心を読むのもアウトだけどさ。
「どうも、一箇所に定まらないんだよね。色んなところで目撃情報が出てる。校内に安全地帯はないね」
マジかよ。
じゃあ、もしかして…。
「はい。学院長室にも、目撃情報があるみたいですよ」
まさかと思った俺の心を読んで、ナジュがそう言った。
「えぇぇぇぇ!」
勿論、今叫んだのはシルナである。
「盛り塩!盛り塩、盛り塩!」
必死になって、学院長室の四隅に塩を置いていた。
まぁ、あれだ。
あくまで噂になってるってだけで、本当に学院長室に、あの黒い影が出てきたのかというと…それは不明だな。
むしろ、噂になっていない場所を探す方が難しいくらいだし。
すぐりの言う通り、安全地帯はないと思った方が良い。
「実際俺達が見たのも、第二稽古場じゃなくて…正しくは、第二稽古場の渡り廊下だったもんな」
第二稽古場に限らず、黒い影の出現ポイントは、校舎内なら何処でも、ってことなんだろう。
恐ろしいことに。
盛り塩ぐらいで、どうにかなるのかは分からないな。
校舎の四隅に盛り塩をすれば、効果はあるんだろうか?
「何処に出てくるのか分からないんじゃ、何処に罠を仕掛ければ良いのかも分からないや…」
と、難しい顔の令月である。
幽霊って、そんな獣みたいに罠で仕留めるものだっけ?
まぁ良いか。
「出現する場所もそうですが、出現する条件や対象も見つけなくては」
「条件か…。そんなのあるのか?」
「分かりませんね。とにかく、再び会ってみないことには分かりません」
盛り塩が効くのかどうかも、試してみなければ分からないな。
「深夜のパトロールは継続。生徒達には、何も心配せず、目の前の授業に集中するよう伝えよう」
「…学院長がこれほど狼狽えてるんじゃ、集中するものも集中出来ませんけどね」
生徒の手本となるべき学院長が、生徒よりも、誰よりもビビりまくってんだもんな。
その分、俺達が代わりにしっかりしよう。