神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜

…悲報。

ただの噂話だと思っていた幽霊騒ぎが、真実味を帯びてきた。

実際にこの目で見せられたのだから、否定のしようがない。

念の為、頬を抓ってみたが。

ちゃんと痛かったので、ワンチャン夢かもしれない可能性もゼロ。

そうか、やっぱり駄目か。

確かにあれは、見間違いではなかった。

「令月、すぐり…。さっきの黒い影…人影だったよな?」

「うん。人の形してたね」

「あれは人間だね」

ワンチャン、構内に迷い込んだ野良犬の可能性もあったのだが。

令月とすぐりに否定された以上、野良犬の可能性はゼロ。

この二人が、暗闇の中で人影を見間違えることは有り得ない。

…ということは、やっぱりさっきのは…。

「この目で見てしまったら、信じない訳にはいかないよな…」

「…幽霊かどうかは別にして、何者かが学院内に出没しているのは、確かなようですね」

さすがのイレースも、認めざるを得なかったらしい。

イレースは意固地な訳ではない。これまで頑なに幽霊を認めなかったのは、自分の目で見たことがなかったから。

自分の目で確かに見てしまったら、幽霊だろうとちゃんと認める。

本当に幽霊かどうかは、まだ分からないけどな。

「あれって、本当にお化けなのかな?」

「さぁねー。そうかもしれない」

…。

令月とすぐりは、意外と冷静…と言うか。

むしろ、面白がっている風にそう言った。

…うん。

「とりあえず…ナジュと天音を呼んでこようか」

令月達を追い返したいところだが、残念ながらこの二人も、重要な目撃者の一員なので、追い返すことは出来ない。

この二人も交えて、ちょっとナジュと天音を呼んで、作戦会議だ。

…が、その前に。

「…こいつ、どうする?」

俺は、白目を剥いて気絶しているシルナを指差した。

よく見たら、口から泡を吹いていた。

幽霊を目の当たりにして、意識が吹っ飛んだらしい。

「知りませんよ。放っておきなさい」

イレースは、吐瀉物を見るような目でシルナを見下ろした。

そうか。

俺も、そうした方が良いと思う。

じゃ、置いていくか。

朝になったら、勝手に自分で起きて戻ってくるだろ。多分。

…と、思ったら。

「学院長、置いていくの?」

「かわいそーだから、引き摺ってあげるよ」

すぐりが、両手から糸を出して、繭のようにシルナをくるんで、ずるずる引き摺っていった。

良かったな。すぐりがいて。

置き去りにされずに済んだぞ。
深夜だったが、急遽ナジュと天音を呼んできた。

天音の方は「緊急事態から来て」と言うと、飛び起きて来てくれたが。

ナジュの方は、

「も〜…。何なんですか?今リリスとイチャイチャしてたのに…」

などと、不満たらたらであった。

「幽霊が出たんだよ」

どうだ。少しは驚いたか。

しかし。

「幽霊?幽霊が出たくらいで、僕のイチャイチャタイムの邪魔をしないでください」

殴るぞお前。

幽霊だぞ。もっと反応ってもんがあるだろ。

「全くもう…折角良い感じに盛り上がって…。え?本当に幽霊が出たんですか?」

「そうだよ」

「…」

ナジュは、しばしぽやんとしてから。

「何で捕獲しなかったんですか?」

と、尋ねた。

何で捕獲前提なんだよ。

「捕獲しようとしたけど、逃げられたんだよ」

「へぇ。幽霊って、意外とすばしっこいんですね」

そうらしいな。

あの令月とすぐりから逃げるんだから、なかなかのもんだよ。

すると、天音が横から聞いてきた。

「そ、それで羽久さん。あの、学院長先生は…?」

「…ご覧の通りだよ」

シルナは、気絶したまままだ目が覚めていない。

すぐりの糸繭にくるまれたまま、ミノムシみたいになって意識を失っている。

情けない姿だ。

余程幽霊が怖かったと見える。

「だ、大丈夫かな…。学院長先生、学院長先生!起きてください」

天音が必死になって、シルナを揺り起こそうとしたが。

「…」

シルナ、無反応。

もう死んでるんじゃね?

「幽霊を見た程度で死ねるなんて…幸せな人生ですね」

ナジュの皮肉が突き刺さる。

全くだよ。

「シルナは放っといて…さっきの黒い影について話し合おうぜ」

「ほ、放っといておくのは可哀想なんじゃないかな…。とりあえず、毛布だけかけておいてあげよう…」

そう言って、天音は保健室から毛布を持ってきて、気絶したシルナにそっとかけてあげていた。

天音が優しくて良かったな、シルナ。
「で、皆さんが見た幽霊って、どんな形だったんですか?」

「さっき、黒い影って言ってたけど…。黒い影の幽霊だったの?」

この場で、幽霊を目にしていないナジュと天音が尋ねた。

そうだな…。

「幽霊と言うと、髪の長い白い服を着た女が…。みたいなのが定番ですけど」

「そ、それは…漫画やドラマの話じゃないの?」

そもそも、ここは学校だからな。

出てくるとしても、制服を着た子供の霊じゃね?

いや、あの黒い影の正体が、子供だったかどうかは分からないんだけど。

「噂通り、黒い影の幽霊だったよ」

「ふーん…」

「黒い影…。何だかはっきりしないね」

全くだ。

人影だけじゃ、正体が分からないじゃないか。

「黒ですか…それが白だったら、オーブの可能性もあるんですけどね」

お、オーブ?

あぁ、心霊写真とかにありがちな、白いもやもやみたいな奴か?

あんな感じでは…なかったなぁ。

もっとリアルな…まるで生きているかのような影だった。

「えっと…それは、見間違いじゃないんだよね?本当に…いたの?」

天音が、不気味そうに尋ねた。

…そうだな。

見間違いだったら良かったんだけど…。

「俺だけじゃない。イレースも令月も、すぐりも見たんだぞ」

俺とイレースだけならともかく。

この中で、誰よりも夜目が利く元暗殺者組までもが、あの幽霊を目撃したのだ。

勘違いではない。

「認めたくはありませんが、確かに黒い影のようなものを目撃しました」

「うん、僕も見た」

「俺も見たよー。気持ち悪かったね」

イレースと令月、すぐりが言った。

俺も含めて四人が…あ、一応シルナも加えておくと、五人の人間が目撃した訳だから。

見間違いでした、では済まないだろう。

さすがにな。

「じゃあ、本当に…。…でも、学院に出てくる幽霊の正体に、心当たりはあるの?」

「…それなんだよ。疑問なのは」

幽霊の姿がもっとはっきり見えていれば、正体を突き止めることが出来たんだろうに。

俺達が見た幽霊は、ただの黒い人影でしかなかった。

シルエットだけじゃ、その正体は分からない。

「学院内で死んだ人間なんていないし…」

「強いて言うなら、『アメノミコト』の襲撃を受けたときに、『アメノミコト』の暗殺者とやり合いましたが」

イレースに言われてから、そういえばそうだったと思い出した。

学院で起きた殺傷事件と言ったら、唯一そのとき…『アメノミコト』の刺客達と戦ったときくらいか…。

じゃあ、『アメノミコト』の暗殺者が化けて出た…とか?

…今更?

『アメノミコト』の襲撃から、結構時間経ってるんだけど。

今更出てきてのか?

随分ラグがあったな。

それとも、何か言いたいことがあって出てきたのか?

しかし。

「それは有り得ないよ」

「何?」

令月が、きっぱりとそう言った。
「『アメノミコト』の暗殺者は、皆殺される覚悟をしてる。殺される覚悟もなしに、人を殺す暗殺者なんていない」

「…令月…」

「だから、例え自分が殺されても、恨んで出てきたりしない」

…そう、なのか。

「そうだねー。俺も…もしかしたら、『玉響』が俺を恨んで出てきたのかと思ったけど…」

と、すぐりが言った。

「…!すぐり、それは…」

「あれは、そういう感じじゃなかったね。一体何の幽霊なんだか…」

「…」

…ますます、謎が深まるばかりだな。

ただ一つ言えるのは、あの黒い影は、愉快な理由で現れたのではないということだ。

きっと、この世を恨んだから出てきたんだろうし。

そう思うと、あの黒い影の正体を、知りたくもあり…知りたくない気持ちもある。

知らない方が良いことって、あるからな。

黒い影の正体も、知らない方が良いのかもしれない。

「さて、これからどうする?」

でも、逃げてはいられない。

もし本当に、何か理由があって、学院に出没しているのだとしたら。

その原因を突き止め、出来ることなら平和的にお引取り願いたい。

これ以上、幽霊騒ぎを広められたら敵わないからな。

「イーニシュフェルト魔導学院には幽霊が出る」なんて噂を広められたら、来年度の受験者数に響くぞ。

幽霊が出ると噂の校舎に、誰が好んで通いたいもんか。

生徒達を安心させる為にも、何とかしなければならない。

ましてや、学院長が全く頼りにならないこの状況だ。

俺達が何とかしなければ。

「僕と天音さんは、まだその影とやらを見ていませんからね。僕達も見たいものですね」

「そうだな…。じゃあ、明日からも深夜のパトロールは続行するか…」

生徒の身の安全を守る為にも、パトロールは続けた方が良いだろう。

今夜で終わると思ってたんだがな。やれやれ。

「そーだね。俺達も、気合い入れて巡回しよっかー」

「うん。次会ったら、捕まえてみせる…」

と、意気込みを語る元暗殺者組。

…お前らは、大人しく学生寮に帰ってろよ。

しかし。

「いやぁ、今回はお二人にも頼りましょうよ。夜の間は、僕達より遥かに頼もしいんですから」

「…そうだな…」

悔しいが、ナジュの言う通りだ。

シルナが全く頼りにならない以上、借りられる手は全部借りたい。

ましてや、夜の闇の中において、この二人に並ぶ者はいないんだし…。

もし、黒い影の正体が『アメノミコト』絡みなのだとしたら…令月達も、無関係ではいられないからな。

既に黒い影を目撃してしまった以上、ここで引き下がるのは、二人共納得しないだろう。

…仕方がない。

今回は…ってか、今回も、令月とすぐりを巻き込むことになってしまうようだ。
俺達が見た、あの黒い影の正体。









それを知ることになるのは、初めて黒い影を目撃した、翌週のことだった。






―――――放課後。

五年生の女子生徒三人組が、廊下を横切る「その人物」を見つけた。

「あ、学院長先生。こんにちは〜」

「こんにちは〜」

「その人物」…学院長シルナ・エインリーに声をかけると。

「…」

シルナは、無言でゆっくりと女子生徒を振り返った。

「丁度良かった。私達、これからおやつもらいに行っても良いですか?」

女子生徒の一人が、悪戯っぽく笑って、そう聞いた。

シルナがいつも、放課後の学院長室に生徒を呼び。

チョコレートやらお茶やら、何かしらのおやつを振る舞っていることは、イーニシュフェルト魔導学院の生徒なら誰もが知るところ。

ましてやこの三人組は、もう五年生。

おやつ目的で学院長室を訪ねても、全く罰されないどころか。

むしろ、来訪を歓迎され、喜んでお菓子を振る舞ってもらえることを知っている。

こんなフランクな会話は、イーニシュフェルト魔導学院では珍しくないのである。

だからこそ、この三人も、きっと喜んでシルナが学院長室に迎えてくれると思っていた。

…しかし。

シルナから帰ってきた返事は、三人の予想を大きく裏切るものだった。

「駄目だよ、そんなこと」

シルナは、笑顔でそう言った。

「え…」

「忙しいんですか?今日…」

面食らった三人が、驚いた顔をしていると。

そんな三人に、シルナは言った。

「学院長室は、君達の遊び場じゃないんだよ。君達も学生なら、遊んでる暇があったら少しは勉強しなさい」

「…」

「…」

「…」

シルナらしからぬ、この発言に。

三人共、思わず絶句してしまった。

そして、何事もなかったように立ち去っていく、シルナの背中を見て思った。

「…学院長先生、一体どうしちゃったの?」と。
――――――さて、こちらは学院長室。

学院の何処かで、三人の五年生の女子生徒が、愕然としてシルナの背中を見つめていたことも知らず。

俺達は、例の黒い影対策を考えていた。

…の、だが。

「お札。お守り。お札お守りお札お守り…」

「…」

「破魔矢。盛り塩。祓串…」

シルナは、もごもごと何かを呟きながら、巨大な段ボール箱を漁っていた。

何をやってるんだ、こいつは…。

あの後、目が覚めてからというもの。

シルナはずっと挙動不審である。

まず、物音に敏感になった。

ちょっと誰かの足音がしたら、もう、飛び上がる勢いで驚いてんの。

何なら、鏡に自分の影が映っだけで「うぴゃぁぁぁ!」とか言ってる。

重症だよ。

例の黒い影を見てからというもの、完全にガチビビリモードになってしまったらしい。

情けない学院長だよ…。

「よし、羽久。お札を貼りに行こう」

なんて言い出してるしな。

「お札って…お前…」

「魔除けのお札だから。神社に行ってもらってきたの。これを校内に…1メートルおきに壁に貼ろう!そしたら、もう何も出てこないはず!」

不気味な校舎だな、おい。

生徒達が悲鳴をあげるだろ。やめろ。

「それから盛り塩だ。全部の教室の四隅に、盛り塩を置こう」

だから、生徒がビビるからやめろって。

何が嬉しくて、盛り塩が置かれた教室で授業を受けなきゃならんのだ。可哀想に。

盛り塩が気になって、授業に集中するどころじゃないだろう。

しかし、誰よりも黒い影にビビっているシルナは。

「あとは、霊媒師だ。霊媒師を呼ぼう」

…なんか言ってるぞ。

霊媒師…?

「霊媒師にお祓いをしてもらおう!それが一番だよ」

お祓いって…。

まぁ、間違ってはないのかもしれないが…。

「やめなさい、馬鹿らしい。霊媒師なんて皆インチキです」

身も蓋もないイレースが、ばっさりと切り捨てるように言った。

ま、まぁ…。皆インチキかどうかは分からないだろ。

もしかしたら、中には本当に頼りになる霊媒師も、いるかもしれない。

だが、運悪くインチキ霊媒師に捕まってしまったら。

高額な霊感商品みたいなのを売りつけられて、詐欺に引っかかる可能性もある。

幽霊なんかより、そういう詐欺師の方が怖いよな。

しかし、シルナは。

「例えインチキでも良い!とにかく、霊媒師に来てもらいたい!」

血走った目で、血迷ったことを叫んでいた。

…お前って奴は…。

「…羽久さん。このつまらない男が、つまらない霊媒師なんて呼ばないよう、ちゃんと見張っていてください」

と、イレース。

「あぁ…分かったよ」

つまらない男だってさ、シルナ。

…すると、そこに。

「はぁ…。呼んでないときは来る癖に、来て欲しいときは来ないんですよね。廃品回収ですかね?」

「ま、まぁまぁ…。そう簡単にはね…」

うんざりした様子のナジュと、それを宥める天音が、学院長室にやって来た。
ナジュの言う、呼んでも来ない…というのは。

「そりゃ勿論、例の黒い影ですよ」

だよな。

結局あれ以来、ナジュと天音が黒い影を見る機会はない。

何なら俺達も、あれ以来黒い影の姿を拝んでいない。

深夜のパトロールは続けているのだが、何も出てこないのだ。

こう何日も何もないと、やっぱりあれは夢だったんじゃないか、という気がしてくるが…。

夢じゃないんだよな。

イレースも、令月もすぐりも、シルナも見たんだから。夢じゃない。

「さっき天音さんと、こっくりさんやったんですよ」

と、ナジュはとんでもないことを言った。

「は?何でそんな危険なことを?」

「幽霊が出てくるかと思って」

お前、自分が死なないからって、無茶をするなよ。

そして、天音を巻き込むな。

「でも、駄目でした。何も起きませんでしたね。ねぇ天音さん」

「うん…。僕は、何も起きなくて良かったと、心から思ってるよ」

だろうな。

ナジュの奴、「この藪にはヘビがいる」と分かるや否や、ヘビが出てくるまで藪をつつくつもりか。

さすが、イーニシュフェルト魔導学院の命知らず代表だな。

と、そのとき。

「やっほー」

「来たよ」

「うぴゃぁぁぁぁっ!!」

シルナの背後の窓から、元暗殺者組の二人がよじ登ってきた。

…お前ら…普通に来いよ。

何で、窓を玄関代わりに使ってるんだ。

情けない悲鳴をあげたシルナが、盛り塩をひっくり返しながら、俺に飛びついてきた。

あーあ…もう…。

「…?学院長、どうしたの?」

どうしたのじゃねぇ。お前らのせいだよ。

「どう?不死身せんせー。お化け見た?」

「見てません。何処にいるんですかそいつは」

「そっかー。俺も探してるんだけどなー。なっかなかいないんだよねー」

そう頻繁に出てこられたら、それはそれで困るけどな。

ナジュが言った通り。求めてるときには来ないんだよ。

呼んでないときは、あっさり来るのにな。

「って言うか…結局あの黒い影、何処に現れるのか分かんないんだよね」

「あ、それは僕も同感です」

すぐりとナジュが、気になることを言った。

…何処に現れるか…って。

「出てくるのは、第二稽古場じゃないのか?」

最初から噂になってただろ?第二稽古場。

「いえ、それが、そうでもないんです。会う生徒の心を読みまくってるんですが」

「うん。俺も糸魔法を張り巡らせて、『聞き込み』してるんだけど…どうも、情報が錯綜してるんだよね」

…情報が錯綜してる、だって?
「どうも、黒い影とやらが出没する箇所は、第二稽古場だけではないようですよ」

と、ナジュが言った。

何?

「色んな場所が噂になってるんですよ。第二稽古場だけじゃなくて、食堂、図書室、実習室、教室、階段…。果ては職員室付近で見たって噂もあるみたいですね」

「そ、そんなに…?職員室にまで出るのか…?」

そこまで色んな場所に出てきてるなら、もう、校内何処にいても不思議じゃないな。

「俺も糸魔法使って、色んな生徒が話してるのを盗み聞きしたけどさー」

盗み聞きはやめろよ。

いや、勝手に人の心を読むのもアウトだけどさ。

「どうも、一箇所に定まらないんだよね。色んなところで目撃情報が出てる。校内に安全地帯はないね」

マジかよ。

じゃあ、もしかして…。

「はい。学院長室にも、目撃情報があるみたいですよ」

まさかと思った俺の心を読んで、ナジュがそう言った。

「えぇぇぇぇ!」

勿論、今叫んだのはシルナである。

「盛り塩!盛り塩、盛り塩!」

必死になって、学院長室の四隅に塩を置いていた。

まぁ、あれだ。

あくまで噂になってるってだけで、本当に学院長室に、あの黒い影が出てきたのかというと…それは不明だな。

むしろ、噂になっていない場所を探す方が難しいくらいだし。

すぐりの言う通り、安全地帯はないと思った方が良い。

「実際俺達が見たのも、第二稽古場じゃなくて…正しくは、第二稽古場の渡り廊下だったもんな」

第二稽古場に限らず、黒い影の出現ポイントは、校舎内なら何処でも、ってことなんだろう。

恐ろしいことに。

盛り塩ぐらいで、どうにかなるのかは分からないな。

校舎の四隅に盛り塩をすれば、効果はあるんだろうか?

「何処に出てくるのか分からないんじゃ、何処に罠を仕掛ければ良いのかも分からないや…」

と、難しい顔の令月である。

幽霊って、そんな獣みたいに罠で仕留めるものだっけ?

まぁ良いか。

「出現する場所もそうですが、出現する条件や対象も見つけなくては」

「条件か…。そんなのあるのか?」

「分かりませんね。とにかく、再び会ってみないことには分かりません」

盛り塩が効くのかどうかも、試してみなければ分からないな。

「深夜のパトロールは継続。生徒達には、何も心配せず、目の前の授業に集中するよう伝えよう」

「…学院長がこれほど狼狽えてるんじゃ、集中するものも集中出来ませんけどね」

生徒の手本となるべき学院長が、生徒よりも、誰よりもビビりまくってんだもんな。

その分、俺達が代わりにしっかりしよう。