神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜

「…よし、シルナ。じゃあ、こっちに超巨大なケーキがあると思って飛べ」

「ケーキ!?」

食いついた。

「あぁ、お前の好きなチョコケーキだ」

「チョコ…!」

「チョコクリームたっぷりで」

「クリーム…!」

「イチゴもたくさん乗ってる」

「イチゴ…!」

「そうだ。そんな魅惑のチョコケーキがここにあると思って、思いっきり飛ぶんだ」

「チョコケーキ、チョコケーキ…よし!絶対辿り着いてみせるよ!」

洗脳完了。

こんな状況で、こんなおまじないに、どれくらい効果があるのかは分からないが。

何もしないよりはマシだ。

俺達を見て、チェシャ猫は相変わらずにやにやしているが。

手を出してこないなら、あいつは放置で良い。

「…よし、いつでも良いぞ、シルナ」

俺は食料庫の縁に立って、飛んでくるシルナを待ち受けた。

いざとなったら、こちらからも手を伸ばそう。

一緒に落ちるかもしれないが、一人で落ちるよりは遥かにマシだから、別に良いや。

「チョコケーキ、チョコケーキ…。…チョコケーキ!!」

シルナはチョコケーキを連呼しながら、助走をつけて飛んだ。

シルナにしては、相当頑張ってる。

ふわりと宙を浮いたシルナの身体が、こちらに迫ってくる。

…しかし。

「…くっ…!」

…その距離は、僅かに足りない。

運動音痴のせいか。それともシルナの方が重いのか。

そんなことはどうでも良い。

俺は咄嗟に手を伸ばし、落ちるシルナの腕を掴んだ。

肩、脱臼しそうなくらい痛かったが。

今は、それどころではなかった。

「大丈夫か、シルナ!?」

「う、うぐ…お、落ちる…!」

「引っ張るから、しっかり掴まってろ!」

俺は両手でシルナの腕を掴み、シルナもまた、両手で俺の腕にしがみついた。

よし、それで良い。

あとは、俺が全力で引き上げるのみ。

さっきから、ネズミから逃げたり、テーブルクロスをつたってテーブルに登ったり。 

食器にしがみついて食器棚に飛び移ったり、肩車されて鍋をよじ登ったりと。

正直、疲労困憊して、そろそろ身体が悲鳴をあげていたが。

そんな甘っちょろいこと言ってる場合じゃない。

命が懸かってるのだ。やるしかない。

明日は筋肉痛確定だな。

俺達に明日があれば、の話だが。

まずは、生きて陽の目を拝むことが最優先だ。

「ふぐっ…!重い…!お前、もっと痩せろよ…!」

「そ、そんなこと言われても…」

「こ、の…デブ学院長め…!」

悪態をつきながら、俺は全力でシルナを引っ張り上げ。

ついに、シルナを食料庫に引き上げることに成功した。

…これで、無事に二人共、食料庫に飛び移れたことになる。

安堵と疲労感のあまり、その場に崩れ落ちてしまった。

…はぁ、死ぬかと思った…。