「へぶっ」

ツキナは床にごっつんこして、泡を吹いたような声を出していた。

非常に申し訳ない。

でも、あまりに突然の緊急事態だったので、許して欲しい。

俺が咄嗟に突き飛ばしてなかったら、今頃、あの神速のホウキは、ツキナの脳天をぶち破っていただろう。

…で、今のは何だ?

俺は床に伏せたまま、首をひねって顔を上げた。

そこで俺は、信じられない光景を見た。

「…!?」

これでも人生経験は豊富な方で、今まで様々な修羅場を乗り越えてきた故に。

今更、大抵の物事には驚かないつもりだったが。

そんな俺でも、目の前の光景に目を見開かずにはいられなかった。

…何?これ。

「…!」

『八千代』も、俺と同じく驚愕していた。

「ホウキが…」

「…浮いてる…!」

凄まじい速度で、ツキナの頭上を駆け抜けていったホウキは。

俺達の目の前で、ふわふわと浮いていた。

本当に浮いてるんだよ。信じられないかもしれないけど。

天井から吊っている訳じゃない。まるでホバリングでもするように、ふわふわしながら浮いている。

「な、何あれ…!?ほ、ホウキが浮いてる…!魔法のホウキだ…!」

顔を上げたツキナが、宙に浮く謎のホウキを見て叫んだ。

魔法のホウキとは、よく言ったものだ。

本当に魔法のホウキみた、

「っ!!ツキナ伏せて!」

「ふぇぁ!?」

ふわふわしていた魔法のホウキが、こちらに向かって狙いを定めた。

立ち上がった俺は、すぐさま臨戦態勢を取った。

いついかなる状況でも、どんな事態に巻き込まれようとも、瞬時に応戦、迎撃する。

『アメノミコト』で、散々鍛えられた技だ。

『八千代』も同様に、懐の小刀を取り出した。

残念ながら、今は制服を着ているので、『八千代』お得意の小太刀は携帯していない。

得意の武器がないからといって、誰かに遅れを取る『八千代』ではないが。

それでも、万全のコンディションとは言い難い。

じゃ、俺がやらないとねー。

俺は両手に魔法の糸を絡ませた。

「魔法のホウキか何か、知らないけど…」

暗殺者は、ターゲットの素性など考えない。

相手が何者であろうとも関係ない。

それが例え、人ではなく、モノであったとしても、だ。

こちらを攻撃する意思がある以上、相手の意図をじっくり探るようなことはしない。

殺す。壊す。壊して、無力化して、バラバラにして、沈黙させる。

この魔法のホウキが何なのか、考えるのはその後で良い。

「…ツキナに、手は出させないよ」