「はい、コーヒー」
 「あ、ありがとうございます」

 テーブルにカップを置かれ、真菜は恐縮して頭を下げる。

 「少しは落ち着いたか?」

 向かい側の椅子に座りながらそう声をかけてくる男性に、真菜は、はいと頷きながら、ちらりと顔を覗き見る。

 (やっぱり、あの時の新郎役の方だ)

 先程、玄関先でそれに気付き、大声で騒いでしまったものだから、とにかく入れ!と部屋の中に入れられてしまったのだ。

 伏し目がちにコーヒーを飲んでいる整った顔立ち、長いまつ毛や額にサラッとかかる黒髪を見ても、先日の新郎に間違いない。

 「それで、俺が何だって?あの時のって、どの時だ?」

 やがて顔を上げると、真っ直ぐに真菜を見つめて問いかける。

 どうやら、あの時の方ですよね?!と騒いだ真菜の言葉に心当たりがないらしい。

 つまり、覚えていないのだろう。

 「あ、はい。私、フェリシア 横浜でウェディングプランナーをしている齊藤と申します」
 「ん?齊藤?もしかして…」
 「あ、そうです。この漢字です」

 そう言って真菜は、テーブルに置かれていた例の封筒の宛名を指差す。

 「へえー、部屋番号も似てる上に名字の漢字も同じだったのか」
 「はい。更に申し上げますと、下の名前も似ています。私は真菜と言いまして、この一文字目が同じ漢字です。私はそこに、菜の花の菜が付きますが」
 「ええ?!」

 男性は、マジマジと封筒を見る。

 「そりゃ間違うわ」
 「ですよね。むしろ、今までよく間違えなかったなって、郵便屋さんを褒めたいくらいです」
 「あー、それはそうでもないな。俺は1週間前にここに越して来たばかりだから。それに、これが初めて届いた郵便だ」

 そう言ってから、ふと真菜を見る。

 「間違えてそっちに入れられてなければ、だが」
 「だ、大丈夫です。これ以外はありません。多分…」
 「多分?!」
 「えっと、ちょっと自信がなくて…。宛名なんていちいち確認しないし。でも最近はDMとかしか届いてなかったから、大丈夫かと」
 「ふっ、まあいいや。それで?」
 「は?それでって?」

 何の事かと、真菜はポカンとする。

 「だから話の続き!フェリシア 横浜の齊藤さんがどうしたの?」
 「え!齊藤さん、フェリシア 横浜に来るんですか?やっぱり人事異動で?」
 「は?もう何言ってんの。齊藤さんって君だろう?」
 「あ!そうですよね、私の話ですよね」

 すみません、と肩をすくめる。

 どうやらまだ酔いが回っているらしい。