「和磨がですかぁ?ないない。絶対、それはないですって。だって和磨、彼女居ますから。 それ、絶対違いますよ。熊谷さ……」
突拍子もない熊谷さんの言動に笑いながら否定していた私を、いきなり熊谷さんが抱き締めた。突然の事に声も出ず、抱き締められたまま熊谷さんを見上げた。
「そうかな?俺にはそうは見えなかった」
嘘っ……。熊谷さんの顔が近づいてきて、いきなりキスされた。
あまりの事に口をパクパクさせていると、そんな私を優しい目で熊谷さんが爽やかに微笑んでいる。
「早い者勝ちだよな」
エッ……。
「そんな飾らない君が、好きになった」
「熊谷さん……」
熊谷さんが、私を好き?だって熊谷さんは、彼女居るんじゃ?
「あの……」
「返事は急がない。ここに連絡してくれ」
そう言って熊谷さんが名刺の裏に、携帯の番号とメールアドレスを書き私に差し出したが、受け取っていいのだろうか?彼女が居るかもしれない人のプライベートな部分を、私が知ってしまっていいのかな?
「熊谷さん。あの……」
なかなか受け取らない私に業を煮やしたのか、熊谷さんが無理矢理私のGパンのポケットに名刺を二つ折りにして突っ込んだ。
「それじゃ、おやすみ」
まるでおやすみのキスのように私の髪にキスをすると、熊谷さんはまた駅に向かって帰っていった。
その背中を見ながら混沌とした思いから、いろんな事が頭の中を錯綜する。彼女が居るのにこんな事して……。でも本当は、彼女はいない?早い者勝ちって、何?和磨が、私を好き?否定した私を敢えて熊谷さんが否定して、「俺には、そうは見えなかった」と真顔で言った熊谷さんは、いきなり私にキスをした。
Gパンのポケットに無理矢理突っ込まれた二つ折りになった名刺を取り出し、外灯の明かりに照らしながら意味なく見つめていると、不意に目の前が暗くなった。
エッ……。
「上司の口説き文句を聞いてるのも、何だか変な気分だな」 
「和磨」
いつからそこに居たの?
「何、熊谷さんのペースに巻き込まれてんだよ。珠美、馬鹿じゃねぇの?」
「……」
もしかして、熊谷さんと私がキスしてたところを和磨に見られてた?すると和磨はスッと風を切るように、私の横を素通りしていった。
「待ってよ、和磨」
「何だよ」
通り過ぎた和磨が振り向くと、タバコに火を付けていた。
「何で、私が馬鹿なのよ」
「ハッ?」