うわっ、まずいよ。何でこっち来るのよ。だいたい庶務と営業との接点なんて事務方としかないんだから、こんな事務所内でみんな見てるところで変な噂たてられても困るんだけど。
「すいません。1階の通路で、これを拾ったんですが……」
エッ……。
見ると熊谷さんが、手に鍵を持っていた。
「拾った場所はですね……」
すると、いきなり私の机の上にあったメモ用紙に地図を書き出した。
「だいたい、この辺なんですけど」
はぁ?どういう事?
熊谷さんが書いた地図は飲み屋らしき名前とその場所を示す通り名で、確かに地図には 違いないが、思わず横に立っている熊谷さんを見た。
「それで拾った時間は、確か……」
― 今日仕事が終わったら、ここで待ってて。この鍵は俺のだから、帰りに持ってきてくれ ―
熊谷さん。
見上げて視線を交わした私に、熊谷さんは黙って頷いている。
「申し訳ないけど時間がないので、あとの処理お任せしていいかな?」
エッ……。
「あっ、はい。わかりました。お預かりします」
「助かるよ。それじゃ、よろしく」
そう言って熊谷さんは、まるで何事もなかったように事務所から出ていった。
慌てて地図の書いた紙とカギを引き出しにしまい、平静を装いながら先ほどの書類に目を通すフリをする。無論、さっきより更に頭に入っていかない文字。これって……デートの約束?和磨は来ないのかな?熊谷さんと二人だけ?この鍵は、熊谷さんのだと書いてあった。という事は、ひょっとして家の鍵?後でよく見てみよう。
あっ……。
ここで私は、最大のミスを犯している事に気付く。
月曜の朝は、何故かいつも寝坊してギリギリの時間に家を出るから、今朝も当然急いでいて、着てきた服も適当な安物のTシャツにGパン。おまけにセールで買った安い靴。今日に限ってというか、月曜に限っては約束でもない限りいつもそんな格好が多く、今日もそんな格好だ。
せっかく熊谷さんとデートなのに、酷い格好だよ。女がオシャレしていて男がどうでも良い格好ならいいんだけど、熊谷さんはビシッとスーツなわけなのに、その横にいる私がGパンって……。今更、着替えに帰る時間もなく、憂鬱になりながら退社時間を迎えた。