玄関の鍵を閉めようとして、ふと足元に見慣れない靴を発見した。
「なぁに?珠美のその脚は。あんたは本当に足癖が悪いというか……」
「姉貴は根性が悪いんだよな?」
相変わらず裕樹は口から先に生まれてきたのか、一度その口を摘んで洗濯バサミで留めてやりたい衝動に駆られる。
「お母さん、お母さん。誰?」
母親に玄関の見慣れない靴を指差し、小声で問い掛けた。
「お父さんの会社の人が見えてるのよ。今度、九月に転勤で四国に行かれるんですって」
「ふぅーん……。じゃぁ、私のご飯はどうなるの?」
「珠美。そうよね、電話すれば良かったわ。何処かで食べてきてもらえば良かったわ」
はぁ……。
「わかった。ファミレスに行ってくるよ。借りたいCDもあるから」
「そうしてくれる?悪いわね。お金あげるから」
「いいわよ、そのぐらいはあるって」
「一応、挨拶していって」
「はい、はい」
リビングに顔を出すと、働き盛りの30代ぐらいの人がソファーに座っていた。
「こんばんは」
「これがいつも言っている、長女の珠美なんだ」
いつも言っている?
「初めまして、珠美です」
「どうも初めまして、岡田です」
なんだかんだとお父さんの話が続き、きりのいいところを見計らって口を開いた。
「どうぞ、ごゆっくり」
面倒なのでこのまま行こうかとも思ったが、やはり着替えてから行こうと思い、部屋に行って着替えて裕樹の部屋をノックした。
「あのさぁ……」
「ん?」
「裕樹。ご飯食べたの?」
「あぁ、食ってきたけど……何?奢ってくれるの?」
何だ、裕樹の奴、聞いてたのか。
「あんたの悪い癖だよ。立ち聞きしてたんでしょ?食べたんだったらいいわよ。一人で行ってくるから」
ドアを閉めて勢いよく階段を降りると、裕樹が後から追い掛けてきた。
「帰りにアイス買ってきて」
「それじゃ、お金ちょうだい」
「はぁ?」
「行ってきまぁす」
裕樹にいい顔してると、必ず奢らされるから気を付けないと……。ファミレスまで歩きながら、ふとさっきの人の事を思い出していた。あの人……独身だったのかな?もし奥さんが居るんだったら一緒に行くんだろうなぁ。一人だったら身軽だけど、奥さんや子供が居たらやっぱりそれなりに大変で、いろんな手続きだとか子供の学校だとか……。
ハッ?何で私が真剣に考えてるんだろう。
―いらっしゃいませ―
「お一人様ですか?」
「はい」