家に帰ると、慎里はすぐに降りたがった。

「おとしゃ!」

 言いながら高速ハイハイして慎吾の姿を探し回る姿に、里穂は保育園での送った時の静けさの理由にようやく思い至った。

 ……二人暮らしの時はあまりわがままを言わない子だった。

 少しぐずっても、里穂が言い聞かせれば涙を目にいっぱい溜めながらも飲み込んでしまうような我が子。

 それが、慎吾と暮らし始めてからとても主張するようになった。
 抱っこ、構って、甘えさせて。
 きちんとアピールするようになった。

 我慢させていたのだと思うと、涙が止まらなくなった。

「慎里、ごめ、んね……っ」

 夜の九時になり、里穂は慎里に話しかけた。

「慎里、おとーさんから連絡がくるよ」

 途端に、玄関の方を見る。

「おとしゃっ?」

 リビングからハイハイして、廊下との間仕切りであるドアの前にずっといる。

 里穂はたまりかねて抱き上げた。

「いやぁ、おとしゃっ」

 ジタバタするのを、なんとかソファに一緒に座り込んだ。
 タイミングよく、着信した。

『里穂、慎里。元気か?』

 動画だったので慌てて里穂もカメラとマイクを起動させた。

「うん、元気」
『まずは、顔合わせだ。慎里、保育園で楽しかったか』

 三人は一生懸命言葉を交わした。

 十分くらいすると慎吾は『時間だ』といって名残惜しげに画面をひとなでした。

 オフになって、静寂が戻るとふえ……と慎里が泣き出した。静かに、それは静かに。

 里穂は息子を抱きしめて温もりに縋った。

「慎里。あと六つ寝ると、おとーさん帰ってくるからね。それまでおかーさんと我慢しようね」

 話しかけるとヒック、としゃくりあげる音が返事だった。