「ところで、やえの荷物を引き取りに行こうと思うが、やえはどうする? あまりあの家には近づきたくないだろう?」

「……そうですね。でも智光さんにお任せするわけにもいきませんし、叔父さんと叔母さんにご挨拶も必要……ですよね?」

理不尽な思いをしてきたのは事実。けれど私を引き取って高校まで出してくれたのもまた事実。感謝の気持ちがないと言ったらうそになる。

だけどお金を使いこまれたことや毎日のように罵られたこと、それらを忘れることはできない。

それに、あの家にはお兄さんもいるし……。

できることならもう会いたくないというのが本音ではあるのだけど。

「挨拶、か。本当にやえは真面目だな」

「そういうわけじゃないんですけど……」

でも挨拶って何を言えばいいのだろう。
今まで育ててくれてありがとうございました、とか?
いや、違う気がする。
何かを言えば二倍三倍にもなって返ってくる叔母さんに太刀打ちできる言葉はない。

急にドキンっと心臓が激しく揺れた。

ああ、嫌だ。
やっぱり会いたくない。
智光さんというぬるま湯にどっぷりと浸かって心が弱くなっている。

どうしようもない不安が押し寄せてきて感情がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられる。怖くて苦しくて、ふいに鼻の奥がツンとした。

「……思い出させて悪かった」

ふわりとまとう爽やかな香り。
優しく包み込まれた私は智光さんの胸に顔を埋めた。

「……泣くな。もう、泣かなくていいから」

苦しそうな声が頭上から聞こえた。
どうやら私は智光さんを困らせているみたいだ。

「……ごめんな……さ……」

「謝らなくていい」

どうしてか涙が止まらなくて、感情を整理することが難しい。
だけど智光さんの腕の中はとても安心して、私はぎゅうっとしがみついた。

私が落ち着くまで智光さんは何も言わず、ずっと背中を撫でてくれた。
優しくてありがたくて、もうこのまま智光さんの中へ吸収されたいとさえ思った。