「やえ、俺たちは結婚したんだ。ちゃんと夫婦になろう」

「ちゃんと夫婦に……?」

智光さんは私の左手を取る。そして薬指にはまる指輪を優しく撫でた。

私の指にぴったりとはまる指輪。
いつどうやって測られたのか分からないけれど、とても指に馴染んでいる。

そうだよね。結婚したんだから、ちゃんと自覚を持たないと。
智光さんにばかり負担をかけられない。
しっかりしなくちゃ。

「……夫婦になります」

ぎゅっと手を握り返せば智光さんは満足そうに目を細めた。

夫婦になるということが具体的にどうすればいいのかわからないけれど、きっといちいち恥ずかしがってちゃダメなんだろうな。

そう決意も新たにし一緒に家具を見て回る。

「俺はこのベッドがいいと思うけど、やえはどう思う?」

「そうですね、おしゃれでいいかと……あ、これってマットの硬さが選べるみたいですよ」

「やえは、硬め? 柔らかめ?」

「私はどこでも眠れちゃうタイプなので特に好みはないですね」

それに先日買ってもらったお布団があるし。
智光さんはこの機会にベッドを新調するんだなぁなんて悠長に考えていたわけなんだけど……。

「ダブルベッドよりもキングサイズの方がいいか? それともシングル二つの方がいいだろうか?」

「えっと……どういう……」

困惑する私をよそに智光さんはしれっという。

「一緒に寝るだろう?」

さも、当然かのように。

「そっ、それはっ……ふっ、夫婦だからですか?」

「夫婦だからだ」

きっぱりと断言されて、私の思考はショートした。

いや、だって私にはお布団があるし、まだ新しいし。取り替えるには早すぎるし、なんなら床でも寝られるし。
ていうか、そういう問題じゃないし!

だだだだ、だって、一緒に寝るって、一緒に寝るって、私と智光さんが?
一緒のベッドで?

どこでも眠れちゃうなんて嘘です。
大嘘です。
隣に智光さんがいて眠れるわけがない。

だってただでさえかっこいい智光さんはお風呂上がりだと無防備で魅力だだもれになるし、それが一晩中隣にいるなんて心臓が壊れそう。

それに、万が一間違いが起きたら――。

ほんの少し想像しただけで頭から湯気が立ちそうなほどに動揺した。

ちょっと待って、私。
落ち着いて。
何を想像しているのよ。
ああ、もう、やだっ、煩悩どっかいって。

「何か期待してる?」

そっと耳打ちされて、いよいよ私は顔を真っ赤にする。

「ちっ、ちがっ……」

上手く言い返せなくて焦る私に、智光さんはまた耳打ちする。

「ベッドが届くのが楽しみだな」

少しばかり意地悪な顔をしてクッと笑った。
本気なのかからかわれているのかわからないけれど、私の心を翻弄するには十分すぎる言葉で、頭の中はもうそのことばかり考えてしまってしばらく落ち着くことができなかった。