智光さんは仕事が速い。
それはプライベートでも健在で、セキュリティの高いマンションへの入居をさっさと決めてしまった。

一応一緒に内覧に行ったけれど、お金のない私は口を出すことが出来ず言われるがまま頷くしかなかった。

……本当は高級すぎて私の身の丈に合わないと主張したかったけれど、そのあたりの希望は全く聞いてくれそうにない。だって智光さんは一円も私に出させる気がないからだ。

「この際、家具も一新しようと思う。今の使っているものは完全に単身用だからな」

と言われて大型インテリアショップへ来たのだけど……。

「うわあっ、すごい!」

ドーム型のショップにはたくさんの家具がおしゃれに展示されている。

「ええー、こっちにはベッドがたくさん。わあ、こっちにはダイニングテーブルがたくさん」

きょろきょろうろうろする私の右手がすっと引かれる。え、とそちらを見れば智光さんに手を握られていて……。

「このままだとやえが迷子になりそうだからな」

としっかりと捕獲されてしまった。
嬉しいような恥ずかしいような、それでいてちょっと恨めしいような。

「さすがに迷子にはならないですよ」

ちょっとばかり口をとがらせてみたけれど、全くはなしてくれる気配もなく。
そのまま手を繋いで歩くことになった。

急に密着感が増して、隣に智光さんを感じる。
大きな手が頼もしい。
だけどすごく緊張する。

手のひらから伝わる智光さんのぬくもりがじわじわと私の体温と絡み合ってひとつになっていく。感覚が研ぎ澄まされるよう。

「あ、あの、智光さん。恥ずかしいです」

「何が?」

「て……つなぐの」

「そうか? でも夫婦なのだから当たり前だろう?」

ドキンっと心臓が跳ねた。

私にとって「夫婦なんだから」という言葉がパワーワード過ぎてついていけない。
だってまだ実感できていないというか地に足がついていないというか。
婚姻届を出したことはちゃんとわかっているけれど、なんだか夢と現実の狭間で揺れている。