どれくらい走ったかわからない。
警察に行こうだとか、誰かに助けてもらおうだとか、そんな気持ちは一切わかなかった。

ただひたすらに悲しくて悔しくて惨めで。
生きていることがつらくてどうしようもなくて。
今すぐに消えてなくなりたい。

そんな風に思ったとき、自分が久賀産業まで走ってきていたことに気づいた。

「はぁっ、はぁっ……」

どうやら息も切れている。
ストッキングはところどころ破けて、足の裏はじんじんと痛む。
逃げることに必死で、そんなことすら気づかなかった。

無意識に会社まで走ってくるなんて、よっぽど私は会社に依存している。
事務所にはまだ明かりがついていて、誰かが残業しているのだろう。

楽しかった思い出やお花見、社長と見た桜を思い出し胸が締めつけられた。

だけど、この思い出があってよかった。
最期に良い思い出を思い出せるのはありがたい。

「……今までありがとうございました」

別れを告げてから川縁まで歩く。
今朝社長と見た桜の絨毯のような川は、今は暗くてよく見えない。雨が降っているためにもう濁ってしまったのかもしれない。

まるで私の心と同じだ。

「だからいいよね。川の中に溶け込むだけだもん」

こんな小さな川で死ねるかはわからない。
だけど夜だし雨だし、きっと濁流にのみ込まれて消えてなくなるんだ。そしたらきっと、楽になれるよね。自由になれるよね。

私は橋の欄干に足をかけた――。