「……幸山さん?」

困惑した社長の声に、どうしたのだろうとそちらを見る。

視界にうつる社長がぼんやりとしていて首を傾げた。
あれ、おかしいな。
どうしてぼやけているの?

ぽたり、ぽたりとしずくが地面を濡らした。

「何があった?」

社長の綺麗で長い指が私の目尻をすくい上げる。
ハンカチを握らされ、ようやく自分が泣いていることに気づいた。

「あ、あれ? わたし、なんで?」

おかしい。おかしいよ。
こんな急に泣くなんて。
泣く気なんてなかったのに。

「何かつらいことでもあったのか?」

「うっ……ううっ……」

優しい声音に胸がいっぱいになる。

いろいろな感情が頭を巡り、思考を鈍らせていった。
つらいことはたくさんある。
だけど幸せだと思えることだってたくさんある。
それを口にすることはできなくて、ただ涙だけが流れた。

社長はそれ以上追求しない。
静かに私の横に付いていてくれて、時々遠慮がちに背中をさすってくれた。
その手はとてもあたたかかった。

苦しい胸の内を吐露することはできないけれど、社長の優しさに救われる気がした。

世の中にはこんな景色があるんだよって、教えてもらえたことが本当に嬉しかった。