リリアナはハリスの素性をよく知らない。

 ハリスは白い物が少々混じる短い黒髪とダークブラウンの目に無精髭の無口なイケオジだ。リリアナが知っているのは、彼が40代前半で名前がハリス・ヴィンセントであることだけ。
 これはハリスの冒険者カードから得た情報だ。
 家名から察するに、もしも彼がヴィンセント侯爵家の縁者なのだとしたら、自分と同じラシンダ王国の出身のはずだと気付いてはいるが、ガーデンに集う冒険者の中には過去を捨ててやってくる者も少なくない。
 本人が語ろうとしない過去を詮索するのは野暮だというのが暗黙のルールとなっている。
 
 ハリスは冒険者たちの間で一目置かれる調理士で、皆から「ハリス先生」と呼ばれている。
 ガーデンにおける「調理士」とは、フライパンや包丁など調理道具をメインの武器にして魔物と戦い、倒したその魔物を美味しく調理してしまう一風変わったクラス()だ。
 調理士はガーデン内の魔物や採集物の調理方法と効能に精通している。
 食材を現地調達できる上にガーデン内で調理した料理――ガーデン料理からは回復効果や一時的な身体強化効果(バフ)が得られる。そのため1日では終わらない強敵の大規模討伐戦や体力の消耗が激しい氷山エリアなどでは、調理士は重要な役割を果たす。
 そんな調理士たちの中でもハリスは、魔物を仕留めてから捌き終えるまでのスピードと技術、調理の腕が群を抜く憧れの存在で、それが「先生」と呼ばれている所以(ゆえん)であると、他の調理士から聞いたことがある。
 
 一方で、調理士は物理攻撃アタッカーと呼べるほどの攻撃力は無く、魔法も調理に関係する火おこしと水魔法ぐらいしか使えないため、食事や身体強化の不要な短時間の狩りの場合はあまり必要とされない。
 特に、己の力こそが全てと思っている脳筋たちの中には、調理士などただの役立たずだと言って憚らない者も大勢いる。