「先生はヨアナさんと知り合いなの?」
「直接の関わり合いはなかったが、彼女は元調理士だ」
 ガーデンで調理士を専業にしている冒険者の人数は多くない。だから言葉を交わしたことはなくても、顔と名前ぐらいは知っているのが普通だ。
 それにハリスのことを知らない調理士はいない。ソバの実亭でハリスとヨアナが無言のまま一瞬視線を絡めていたのは、互いの素性を知ってのことだろう。
 
「たしか怪我を負って引退して、故郷に帰ったと聞いた」
「商会長さんと仲がよさそうだったわね」
 ヨアナが気安い口調で話していた様子を思い返す。
 成金趣味の商会長とナチュラルで質素な女性シェフ。気が合いそうだとは思えない。
「年齢が近いから、子供の頃からの知り合いかもしれないな」
 なるほど、その線はあるかもしれないと納得したリリアナだ。
 
 ここまでくれば今回の依頼のタレコミを誰がしたのか、リリアナにもなんとなく見えてくる。
 その答えを口にしていいものか迷った時、窓をカリカリ引っ掻く音が聞こえた。

 ハリスが窓を開けるとコハクがするりと中へ入ってくる。
「コハク、ご苦労様」
 ピョンと膝に飛び乗ったコハクは、リリアナに抱きしめられて嬉しそうに喉をゴロゴロ鳴らす。

 実はマルドに着いて馬車を降りてから、コハクとは距離をとって歩いていた。
 ブルーノ商会に入る時は外で待機させていたため、リリアナとハリスがペットを連れてきていると気付かれていないだろう。
 魔道具の首輪の上から別の首輪をつけていたため、よほど接近しなければ本当は魔物だとバレる心配もない。

 食事の後、ハリスはさりげなくコハクにハンドサインを送った。それに従ってブルーノ会長へ着いていったコハクがようやく合流した。
 ガーデンのペットは主人の居場所がわかるため、離れていてもきちんと主人の元へ戻ってくる。

 ハリスがコハクの首に重ねてつけた首輪のひとつを外した。