勝負はあっさり決着した。
 リリアナにとっては恐怖でしかないおぞましい巨大昆虫だって、霧になってしまえばなんてことはない。
 相手をしっかり見据えて大きめの火球を放つと、魔物たちは次々に霧散して消えていった。

「霧玉を多めに持ってきていてよかった」
 リリアナはホッと息をつく。
 途端に空腹を感じて、マジックポーチから残りのチョコレートバーを取り出してかぶりついた。
 いつにも増して舌に伝わるカカオのほろ苦さが心地よく感じる。ゆっくりと咀嚼して食べ終える頃には、たかぶった気持ちが落ち着いていた。

 振り返ると、消えていたはずの扉がいつの間にか出現している。
 開けてみると下へと続く階段はなく、上へと向かう階段のみがあった。
 リリアナはフロアを出て階段を駆け上がる。
 
 その先にあった、素朴な木製の扉を開けると――。

「やあ、お疲れ様。試練の塔クリアおめでとう!」
 リリアナとたいして歳が変わらないような若い風貌の、ローブを羽織った黒髪の男が拍手で出迎えてくれた。
 キッチンにテーブル、暖炉、ロッキングチェアのあるこぢんまりとした質素な生活空間にいるのは、この男ひとりだけだ。

 リリアナは無言のまま、ブーツのかかとをコツコツ鳴らしながらその男に歩み寄る。
 感動のあまり抱き着くとでも思ったのだろうか、男が両手を広げてにっこりと笑っている。
 その無防備なみぞおちに、リリアナは渾身のパンチを食らわせた。
「~~っ!!」
 黒い長髪がふわりと揺れて男がうずくまる。
「あなたがレオナルド・ジュリアーニね? なにが『おめでとう』よ、踏破させる気なんてなかったくせに!」
 仁王立ちのリリアナが悶絶するレオナルドを見下ろした。

「あいたたた、随分とバイオレンスなお嬢さんだね」
 お腹をさすり、顔をしかめながらレオナルドが立ち上がる。
 そして、テーブルを指さした。
「そんなことはないよ。ほら、ちゃんとご馳走を用意して待っていたんだから」
 レオナルドの緋色の目がいたずらっぽく光る。