バニラな恋に恋焦がれて

○学校・裏庭(放課後)

怜「俺と付き合って」

冗談かと思った。
(まさか桐嶋くんの口からそんな言葉が出てくるなんて)

美郷「えっと、その……」
怜「こういうの面倒くさいじゃん。花咲さんも誰とも付き合う気無さそうだし、付き合ってるフリした方が楽だと思わない?」
美郷「付き合ってる……フリ?」

怜は腕組みをして言う。
美郷はただただ唖然としていた。

美郷(本当に付き合うんじゃなくて、フリをするってこと?)

怜「そうしたら俺も花咲さんもウィンウィンじゃない?」
美郷「でも……」
怜「安心して、花咲さんのことを好きになることないから」

美郷(例えフリだったとしても人気者の桐嶋くんと付き合うだなんて……)

美郷「やっぱり私……!」
怜「決まりね。よろしく、美郷ちゃん」

怜はさっきまでとは違う爽やかな笑顔でそう言った。

美郷(どうしよう。本当に桐嶋くんと付き合うことになっちゃった)


○学生寮・来実の部屋(放課後)

来実の部屋のドアをノックする。

来実「はーい」

来実が部屋から出てくる。

来実「あっ、美郷ちゃん!どうしたのー?」
美郷「来実ちゃーんっ」

美郷は涙目で来実に泣きつく。

来実「まあまあ落ち着いて?」

部屋の中に通されて、ベッドの上に座る。
部屋の中にある小さなキッチンで紅茶をいれてくれて、それをすする。

来実「一体何があったの?また告白されたんだよね?」

来実は美郷が今日も告白に呼び出されたことを知っている。
深刻そうな顔をする美郷。
それを見て、来実は心配そうな顔をする。

美郷「うん……今日の人はちょっとしつこくて、断ってるのになかなか折れてくれない人だったんだけど……」
来実「えぇっ、それは大変だったね、大丈夫?」
美郷「うん。それは大丈夫だったんだけど……桐嶋くんが助けに来てくれて」
来実「えっ!あの桐嶋くんが!?」
美郷「そう。その告白してくれた人とのことは助けてくれたんだけど、その後に告白されて」
来実「告白って誰に?」
美郷「桐嶋くんに」
来実「うっそー!」
美郷「それでなぜか桐嶋くんと付き合うことになっちゃって……」
来実「えーっ!」

来実は全てにいい反応をする。
むしろ美郷の話を聞いて、楽しんでいるようだった。

来実「学校の美男美女が付き合うなんて素敵すぎるっ」

来実は何か勘違いをしている。

美郷「違うの。付き合うっていうかフリっていうか……」
来実「どういうこと?」
美郷「桐嶋くんがこれ以上告白され続けるのは嫌だからって付き合うフリをすることになったの」
来実「付き合うフリなの!?」

来実は全てを理解し、驚いていた。
確認するように問いかけてくる来実に、美郷は大きく頷く。

来実「まぁ、いいんじゃないかな?」
美郷「えっ?」
来実「お互い相手も居ないわけだし、お試しみたいな?」
美郷「お試し……かぁ」
来実「案外コロッと好きになっちゃったりするかもよ?」
美郷「そんなことあるかなぁ」
来実「ふふっ、楽しみだなぁ」
美郷「ちょっと来実ちゃんーっ!」

来実は美郷たちの恋の行方を楽しみにしているようだった。


○学生寮・美郷の部屋(朝)

美郷「ふぁあ……」

大きな欠伸をして、体を起こし、うーんと腕を伸ばして体を伸ばす。
朝起きるのはちょっぴり苦手。
でも、ここには起こしてくれるお母さんもいないし、自分でやらないと。
重い体を起こして身支度を始める。
顔を洗って、化粧水と乳液を塗って、動画で学んだメイクをする。

美郷(うん、ばっちり)

今日も上手くいった。
もう何ヶ月もやっているヘアセットもお手の物。
綺麗な巻き髪ヘアが数分でできあがる。
制服に着替えて全身ミラーで身なりを確認する。

美郷(よしっ!)

美郷「行ってきまーす」

そう誰もいない部屋に声をかけて、部屋を出た。


○学校・教室(朝)

女子生徒1「えっ、それ本当!?」
女子生徒2「本当だよ!だって本人が言ってたんだもん」

学校に着くと、教室の中はいつもに増して騒がしかった。

女子生徒3「ねぇ、美郷ちゃん!」

自分の席に座ると、クラスメイトたちがわらわらと席に集まってきて問いかけられる。
いつもはこんなことがないため、警戒する美郷。

美郷「な、何?」
女子生徒3「美郷ちゃんって桐嶋くんと付き合ってるって聞いたんだけど、本当?」

机に手を置き、グイッと迫ってくる女子生徒3。

美郷「ほ、本当だよ」

美郷(本当はウソだけど……なんて言えない。っていうか、なんで昨日の今日なのにこんなに広まってるの?まさか、桐嶋くん……ならやりかねない)

美郷が認めると、女子生徒たちがわあっと湧いた。

怜「みんなで囲んで何してるの?」
美郷「桐嶋くん……っ」

どこへ行っていたのか、桐嶋くんが美郷たちの元へとやって来た。

女子生徒3「噂について聞いてたの」
怜「そっか。噂通り俺たち付き合ってるから。邪魔しないでね」

グッと体を引き寄せられて、怜と密着する美郷。
それだけで胸がドキドキする。
男の子と体が触れ合うことなんて今まで無かった美郷。
ドキドキが止まらない。

怜「今日、一緒に帰ろうね、美郷」

甘い声で美郷にそう呟く。
その声に周りがザワつく。

美郷(今、私の名前……!)

名前を呼び捨てにされて、胸がドクンと鳴る。
その後、怜が美郷に耳打ちする。

怜「ウソだってバレたら面倒くさいから俺に合わせて」
美郷「うん、わかった」

美郷(こんな調子で私、どうなっちゃうんだろう……)

○学校・廊下(昼)

昼休み。
美郷は来実と一緒に食堂へと向かう。

来実「モテる女は大変だね〜」
美郷「来実ちゃんだって可愛いからモテるでしょ?私の知らない間に告白されてそう」
来実「ないないない!美郷ちゃんのモテ具合には誰も叶わないよ」

美郷(私は高校デビューがちょっと上手くいっちゃっただけ。メイクの魔法って本当にすごい。こんなに人生変えちゃうんだもん)


○食堂(昼)

来実「あっ、今日のメニューオムカレーだって」
美郷「やったー!嬉しい」

美郷にとってオムライスは大好物。
それに絶対美味しいカレーのコンビネーションなんて最高すぎる。

来実「いっただきまーす」
美郷「いただきます」

広い食堂の椅子に座ってオムカレーを口にする。

美郷「んー、美味しい」
来実「やっぱりここの食堂のご飯っていつも美味しいよね!この学校に来てよかったー!」

美郷(それは私も同感。ここのご飯は本当に美味しすぎる。美味しすぎて太ってしまわないか心配なくらい)

オムカレーを口に運んでいると、視界の端に怜の姿が見えた。

美郷(あっ)

友達の加賀 駿介と一緒にいる怜。
あの2人は中学の頃から仲良しらしい。

美郷(友達なら知ってるのかな……あんなに爽やかな王子様のような人なのに告白が面倒くさいから付き合おうなんて言っちゃう桐嶋くんの裏の顔)

怜が駿介と何かを話していて笑っている。
その怜の自然な笑顔を見て、美郷はドキッとする。

美郷「……っ」

朝教室で名前を呼ばれたことを思い出す。
その時も今も、なんで胸がドキッとするんだろう。

来実「あっ、美郷、桐嶋くんのこと見てたでしょ?本当は本当に好きだったとか」

来実が美郷を見てクスリと笑う。

美郷「ち、違うよ!姿見えたからちょっと気になっただけ」
来実「そうかなぁ?私の予想通り本当に好きになっちゃう日も来ちゃうかもよ?」
美郷「ないよ、きっと」

美郷(あんな強引な桐嶋くんを好きになるなんて……私のタイプは少女漫画に出てくるヒーローのような優しい人が好きなんだから。桐嶋くんとは真逆な人。)

もう一度だけ怜のことをチラッと見てから、残りのオムカレーを綺麗に平らげた。


○学校・教室(放課後)

ホームルームが終わって、みんなが帰る支度を始める。

美郷(あ、そうだ。今日掃除当番じゃん)

教室掃除当番だったことを思い出して、肩を落とす。
来実も同じ班で同じ当番なことが救い。

来実「美郷ちゃん、はい、ホウキ」
美郷「ありがとう、来実ちゃん」

教室の端から床をはき始める。
すると、視界に人影が映りこんだ。

怜「今日掃除当番?」
美郷「桐嶋くん……そうなんだ」

美郷(そういえば一緒に帰る約束してたんだっけ)

今日の朝、そんな約束をしていたことを思い出す。

怜「じゃあ待ってる」

怜はそう言って行ってしまった。

美郷(告白受けるのは面倒くさいって言うのに、そういうところはマメなんだ)

怜の意外な一面。
いや、一見王子様キャラだから、そうしているだけだろうか。
一緒に帰るのも付き合ってるのがウソだってバレないようにするためだっけ。

美郷(桐嶋くんらしいかも)

はぁとため息をついて掃除に戻る。
掃除が終わって、来実と廊下へ出ると、ちゃんとそこで怜は待っていた。


○学校・廊下(放課後)

美郷「お待たせ、桐嶋くん」
怜「おう」
来実「美郷ちゃん、桐嶋くんまた明日!」
美郷「う、うん、また明日!」

来実が行ってしまい、怜と2人きりになる。
2人きりは気まずい。
何を話したらいいかわからない。

怜「帰るぞ」
美郷「うん」

怜の少し後ろをついていく。

怜「なんで隣歩かねーの?」
美郷「えっ、隣……」
怜「ん」

怜に手を差し出される。

美郷「何?」
怜「手、繋いでた方が恋人っぽいだろ」
美郷「……っ」

無理矢理手を繋がれ、大きな手に包まれてドキドキする。

美郷(フリをするってここまでするの!?)


○学校・階段(放課後)

手は繋がれたまま階段を降りる。
女子生徒が階段を駆け上がってきた。
同時に体がぶつかってしまい、美郷はバランスを崩す。

美郷「きゃっ」
女子生徒「ごめんなさいっ!」

よほど急いでいたのか、女子生徒は一言謝って行ってしまった。
美郷は怜に体を支えられ、助けられる。

怜「大丈夫か?」
美郷「っ、大丈夫……ありがと」

美郷(顔、近いっ……)

まるで社交ダンスのように反った体を腰に回された腕で支えられ、顔と顔が近くなる。
美郷の顔は一気に赤く染った。

怜「……っ、早く立てよ」
美郷「う、うん、ごめんっ」

怜にグイッと手を引かれて体を起こす美郷。
2人の間に微妙な空気が流れる。

美郷(どうしよう。胸のドキドキが止まらない。顔が近すぎてキスされるかと思った……)


○学校・空き教室(放課後)

怜「ちょっと来て」
美郷「うわっ!?」

突然腕を引かれて、空き教室に連れてこられる。
怜に体を後ろから包まれ、口元に人差し指が当てられた。

美郷(ち、近いよっ)

怜「静かにして」
女子生徒「怜くーん?いないの?おっかしいな、声がしたと思ったんだけど……」

そんな声と共にパタパタと数人が目の前を歩いていく音がした。
しばらくしてから美郷は解放される。

怜「いつも追っかけられるんだよ、アイツらに。しばらくしたら出よう」

空き教室に2人きり。
静かな教室内に、胸の鼓動が大きく響く。

怜「なぁ、美郷ってさ……」

地べたに座り込んだまま、ドアを背にして壁ドンされる。

怜「モテてる割に男慣れ全然してないだろ」
美郷「なん、で……」

美郷(……バレた)

怜「バレバレなんだよ。こんなことされるだけで顔赤らめて」

さっきの人差し指で、唇をスーッとなぞられる。

怜「そういうの見るといじめたくなるんだよね」
美郷「……っ!」

怜の顔が近づいてきて、美郷はギュッと目をつぶる。
目をつぶったものの、唇の感触はない。
ゆっくりまぶたを開けると、クククッと笑う怜がいた。

怜「面白いな、お前。いじめがいがある」
美郷「……なっ」
怜「簡単に奪われるようなことするなよ」

そう言い残して、怜は教室を後にした。

美郷(びっくりした……本当にキスされるかと思った……)

どうやら私は桐嶋 怜に気に入られてしまったらしい。
○学校・教室(授業中)

現代文の授業中。
先生が書いていく板書をノートに写していく。

ついこの間、衣替えがあって、冬服から夏服に変わった。
ワイシャツにニットベスト。
ブレザーがないからゴワゴワしなくて動きやすい。

怜と付き合うフリを始めてから、ピタリと告白されることはなくなった。

美郷(桐嶋くんの力ってすごいんだなぁ……そういえば、桐嶋くんも告白されてるのをあまり見なくなったような気がする。)

付き合うフリはどうかと思うけれど、せっかくしてくれる告白を断るという罪悪感はなくなって、スッキリとした気持ちでいた。


○帰り道(放課後)

あの日から帰り道は毎日怜と一緒。

女子生徒1「桐嶋くんと花咲さんカップル!」
女子生徒2「美男美女で今日もお似合いだね」

そんな噂も流れ始め、みんなの憧れのカップルになっていった。

美郷(全部嘘なのに……これじゃますます別れられない)

美郷は心の中で罪悪感も芽生えていた。

美郷(桐嶋くんはなんとも思わないのかな?)

そう思い、隣にいる怜を見る。

怜「なんかついてる?」
美郷「ううんっ、なにもっ!」

キスされそうになったあの日から、まともに怜の顔を見ることができない。
目が合いそうになると、パッと離してしまう。

怜「そういや、もうすぐテストだな」
美郷「あっ、そうだっけ」

そろそろ中間テストの時期。
そういえば、ついこの間、テスト範囲の書かれたプリントが配布されたような気がする。

美郷「嫌だなぁ、勉強」
怜「苦手なの?」
美郷「勉強は苦手……特に数学と英語」
怜「なら、一緒にする?」
美郷「え、本当に?」

美郷(まさか、桐嶋くんから誘われるなんて)

この学校の入学式の新入生代表挨拶は、入学試験でトップだった生徒が任せられる。
そんな新入生代表挨拶をしていた怜は、もちろん頭がいいはず。

美郷(そんな桐嶋くんが教えてくれるなら……)

美郷「お願いしますっ!」

学校での成績は全て実家に郵送で送られる。
自分のわがままで学生寮のある高校に入学させてもらったのに、悪い成績なんて見せるわけにはいかない。

怜「じゃあ後で俺の部屋に来て」

こうして、怜と勉強会の予定ができた。


○学生寮・怜の部屋の前(放課後)

自分の部屋以外には、来実の部屋にしか行ったことがない。
怜の部屋は420号室。

美郷(なんかドキドキする……)

怜の部屋の前で深呼吸をした。
部屋のドアをノックする。

怜「はい」

部屋の中から怜の声が聞こえた。
そしてすぐにドアが開く。

怜「ようこそ」
美郷「お邪魔します」

自分の部屋と同じ間取りなはずなのに、雰囲気が違ってドキドキする。

美郷(男の子の部屋ってこんな感じなんだ)

異性の部屋に入るのは、もちろん初めて。
とても緊張する。
どうしたらいいかわからず、申し訳なさそうに部屋の隅に座った。

怜「なにしてんの?こっち座んなよ」
美郷「う、うん」

机の前に座り直す美郷。
お茶をいれて持ってきた怜が、隣に座る。

怜「お茶しかないけど」
美郷「ど、どうぞおかまいなく……」
怜「はっ、まじで面白すぎ。そんな固くならなくていいから」

糸が切れたように笑い始める怜。
戸惑ったままの美郷。

怜「本当に男慣れしてねぇんだな」
美郷「……恥ずかしながら」

バレてしまったものは仕方がない。
それを認めるしかない。

怜「で、数学と英語がダメなんだっけ」
美郷「はい、そうです」
怜「だから、敬語やめろよ」
美郷「うん、ごめん」
怜「じゃあ数学からな」
美郷「……っ」

勉強を始めようと、怜が黒縁メガネをかける。
メガネ姿の怜にドキッとする美郷。

美郷(桐嶋くんって勉強する時メガネかけるんだ)

学校では私よりも席が後ろの桐嶋くん。
授業中の姿をちゃんと見たことがなかった。

美郷(桐嶋くんのメガネ姿、ちょっとかっこいいかも)

怜「なに?俺の顔になんかついてる?」
美郷「ううん!別に!なんでもない!」

美郷の顔を覗き込むように見る怜。
真っ直ぐな視線にドキドキしながら、慌てて平然を装う美郷。

怜「へぇー、俺に見惚れてたわけじゃないんだ」
美郷「えっ……」

美郷に距離を詰めていく怜。

美郷(な、なにっ)

膝がピッタリと重なる。
怜が美郷の髪に指を通す。
くすぐったくて、ピクリと体が反応する。
それが恥ずかしくて体が熱くなる。

怜「本当、美郷っていじめたくなる」
美郷「なっ」
怜「可愛いよね、美郷」

怜の瞳に美郷が映る。

美郷(こうやってみんな桐嶋くんにやられていくんだ……)

現に私の心臓もドキドキうるさい。

美郷「桐嶋くん、やめっ」
怜「やだ。もっといじめたい」
美郷「桐嶋くんっ!ほ、ほら、勉強しなきゃ……」
怜「勉強なんて後にして俺と遊ぼう」
美郷「あっ」

右手に指を絡まれて、後ろに押し倒される美郷。
スローモーションに見えた。
世界が反転して、天井と怜が目に映る。
床に押し倒された美郷。

美郷(なに、これ……どうなってるの?)

美郷の思考は追いつかない。

怜「なーんてね。本当美郷気をつけた方がいいよ」

美郷は、怜に腕を引かれて体を起こされる。

美郷(またからかわれた)

美郷は怜にムッとする。

怜「ほら、勉強するんでしょ?どこがわかんないの?」

何事もなかったかのように接してくる怜。

美郷(私はドキドキも止まらないのに……桐嶋くんだけ余裕そうでずるい)

怜「ごめん、悪かったって」
美郷「桐嶋くんのバカっ」
怜「……っ」

潤んだ瞳で怜を見る美郷。
そんな瞳にドキッとする怜。

怜「本当、そういうところ……」(小声)
美郷「なに?」
怜「なんでもねぇよ。ほら、やるぞ」

それからやっと勉強を始めた。
一つ一つ丁寧に教えてくれる怜。
さすが入学試験をトップで合格した人。
本当に頭が良くて、教え方もとても上手。
あんなに授業では頭に入ってこなかったのに、怜の教え方だとスっと頭に入ってきた。

美郷「ありがとう、桐嶋くん」
怜「どういたしまして。また困ったら言って、教えるから」

それは私がニセだとしても彼女だから?
それとも────

フッと笑う怜に、ドキッとする美郷。

美郷(不意に見せる笑顔はずるい)

普段は意地悪でちょっぴり冷たい桐嶋くんなのに……
そんな笑顔、反則だよ。

○学校

恋愛なんて、本当にくだらないと思っていた。
お互いに好きになって付き合うのなんて、ただの恋愛ごっこ。
愛なんてものは、簡単に崩れてしまう。
俺はそれを身近で見てしまったから。


○(回想)怜の過去・怜の家

怜の母親「ええ、そうよ。壮太さんと一緒に居たわ」
怜の父親「それがどういうことかわかってるのか!?」
怜の母親「ええ。元々あなたが悪いんじゃない。私のことなんて見てもくれていなかったくせに」
怜の父親「なんだと?俺がなんのために必死に働いて……!」
怜の母親「仕事、仕事、仕事。私のことも怜のことも見ていなかったのはあなたよ!」
怜の父親「そうだ。怜のこともあるのにお前って奴は!」

そんな喧嘩が絶えない家庭だった。
俺はまだ小学生。
その当時はなんで両親が喧嘩していたのか、何もわからなかった。
ただただ怖くて、寝室のベッドに潜り込んでその場をやり過ごしていた。
今思えば、本当に俺の家族が崩壊したのは、この日だったと思う。
この数日後、母親は荷物をまとめて家を出て行った。

怜「ねぇ、お父さん。お母さんはー?」

まだ純粋だった俺は、父親にそう尋ねた。

怜の父親「お母さんはもう居ない。この先ずっと俺と一緒だ」

父親は俺にそう言った。
俺は母親に捨てられた。
愛なんてものは脆い。
あっという間に崩れ去る。
永遠の愛を誓ったはずの両親も、母親からの俺への愛も。

それからも、父親は仕事で忙しかった。
朝起きれば、朝ごはんを準備してくれているものの、すぐに仕事へ行ってしまった。
帰りも遅く、俺が寝てから帰ってくることもあった。
父親は本当に仕事人間だった。
俺のことを愛してくれていたのかもわからない。
それくらい仕事一筋だった。

そんな家庭が嫌で、高校は全寮制の学校へ進学し、家を出た。
父親は、そんな俺を止めることもなかった。

(回想終了)


○学校・教室(放課後)

生徒が帰った放課後の静かな教室に怜と女子生徒。

女子生徒「桐嶋くんっ、私、桐嶋くんのことがずっと前から好きでした」
怜「……」

そんな告白を何度聞いただろうか。
怜は静かに聞いていた。

女子生徒「私と付き合ってください」

スカートをキュッと握りしめて告白する女子生徒。

怜「ごめん。俺、今誰とも付き合う予定ないんだよね」

怜はいつものようにそう答える。
そうすると女はいつも目を潤ませていた。

女子生徒「友達からでも.......」
怜「そういう気持たせちゃうの、したくないんだ。ごめんね」
女子生徒「わ、わかった。ごめんね…」

近づく隙も与えない怜に女の子たちは逃げるように怜の元を去っていく。
今日も1人、女を泣かせた。
それは気にしていない。
付き合って彼女を喜ばす気もないのに、告白をオッケーする方がどうかと思う。

怜(はぁ、面倒くさい)

誰も居なくなった教室にため息をついて、教室を後にした。


○学校・裏庭(放課後)

───別の日。
今日もまた告白に呼び出されていた。
場所は校舎の裏庭。
無視することだってできる。
けれど、その方が後々面倒くさそうで、ちゃんと会って断った方が楽だった。

男子生徒1「花咲さんが好きです!まずは友達からでもいいから、付き合ってください!」

裏庭に近づくにつれて聞こえてきた告白の会話。
どうやら先客がいるらしい。
その近くに身を潜めている男子生徒たちがいた。

男子生徒2「上手くいくかな」
男子生徒3「俺は失敗に一票。花咲さんって絶対告白オッケーしないって有名じゃん」
男子生徒4「俺もー」
男子生徒2「案外上手くいくかもしんねーじゃん?アイツ、顔いいし」
男子生徒4「確かにー。でも失敗したら俺らにアイス奢れよ?」
男子生徒2「あぁ、わかったって」

怜(賭け事か、しょうもない。花咲ってアイツか)

花咲の名前だけは知っていた。
俺と同じく告白をよく受けているやつだった。
そして、誰とも付き合わない。

美郷「友達になってくれるのはとっても嬉しいんだけど、付き合うのは……」
男子生徒「ほら、俺、そこそこイケてるし、勉強も運動もできるし!ゆっくりでいいからさ!」

美郷は困っている様子だった。

怜(賭け事で告白なんて、面倒なことに巻き込まれてんな)

怜「ねぇ、困ってんじゃん」

気がついた時には、声をかけていた。

怜「自分たちの賭け事に花咲さん使うのは良くないんじゃない?」
男子生徒「……なっ!」
怜「さっき廊下で聞いちゃったんだよね。誰が花咲さんを落とせるかって?バカじゃないの」
男子生徒「ちっ。じゃあね、花咲さん」

俺が間に入ると、男はすぐに立ち去って行った。
立ち去ったのを確認して、美郷に向き合う。

怜「大丈夫?」
美郷「う、うん。ありがとう」

花咲と話すのはこれが初めてだ。
大抵の女は、俺が声をかけると嬉しそうに駆け寄ってくるのに、花咲は違った。
何を思ったのか、自分でもよくわからない。
本音がポロリと出てきた。

怜「告白って面倒くさいよね」
美郷「えっ?」
怜「だってさ、こっちは付き合う気なんてないのに勝手に告白されて、毎回断るなんて。花咲さんも面倒くさいと思わない?」
美郷「えっと私は……」
怜「あ、そうだ。いいこと考えた」

我ながらいい考えだと思う。
グッと顔を美郷の耳元に引き寄せて呟いた。

怜「俺と付き合って」

付き合っているフリをすれば告白される機会は減るはず。
そうすれば面倒くさいこともなくなる。
そうして付き合い始めた花咲はとても面白いやつだった。
告白をされる回数も多かった花咲は、確かに可愛い。
きっと男慣れもしているんだろうと思っていた。
しかし、それは違った。
ちょっと意地悪をすれば、すぐに顔を赤らめる。
そんな反応を見るのが楽しかった。
そんな美郷に、俺はいつの間にか惹かれていることに気づかなかった。

○学校・教室(休み時間)

テスト前。
教室内はなんとなくピリピリとしている。
単語帳を広げてる人もいれば、普通にお喋りを楽しんでいる人もいる。

来実「勉強進んでるー?」
美郷「んー、ボチボチかな」
来実「なんでテスト前ってこんなに憂鬱なんだろう」
美郷「本当だね」

美郷の目の前でうなだれる来実。
美郷はこの間の怜との勉強会の日を思い出していた。
怜のメガネ姿。
怜の笑顔。

来実「美郷ちゃん?顔赤いけど大丈夫?」
美郷「へっ、大丈夫だよ!大丈夫!」
来実「桐嶋くんと何かあったとか.......」
美郷「そ、そんなことっ!」
来実「ふふっ、美郷ちゃんってわかりやすい。ね、何あったのか教えてよ」

怜との勉強会のことを来実に話す。
来実はニヤニヤとしながら聞いていた。

来実「へぇ、それで桐嶋くんにドキッとしちゃったと.......」
美郷「いやっ、それはっ」
来実「認めちゃいなよ、桐嶋くんに惹かれてるって」
美郷「それは恥ずかしいっていうか.......」
来実「気づいちゃったものに気づかないフリをするのは難しいよ?」
美郷「うん.......」

自分でも思っていた。
怜に惹かれている自分に気づかないフリをしていた。

美郷(桐嶋くんは付き合っているフリをしているニセ彼氏だから.......)

怜は私のことを“好きになることはない”とはっきり言っていた。
桐嶋くんが私を好きなることなんかきっとない。
だから、気づかない方が幸せだった。
気づきたくなんかなかった。

来実「そういえば今日、桐嶋くん休みだよね」
美郷「う、うん」

後ろの怜の席の方を見る。
廊下側から2列目、後ろから3番目の席。
そこは空っぽだ。

来実「美郷ちゃん、何か聞いてるの?」
美郷「ううん、何も……でも、先生が朝、風邪でって言ってた気がする」
来実「風邪かぁ……桐嶋くんも風邪ひくんだね」

美郷(確かに桐嶋くんが寝込むなんてイメージはないかもしれない。桐嶋くん、大丈夫かなぁ……)

来実「そうだ!放課後お見舞いに行ってあげなよ!」
美郷「お見舞い?」
来実「そうそう。きっと心細いだろうから喜ぶって!」
美郷「そうかなぁ……」

美郷(来実ちゃんは桐嶋くんの裏の顔を知らないから……あの桐嶋くんが喜ぶ顔なんて。それより迷惑がられないかどうか。)

そう思いつつも、美郷は怜のことが心配だった。

美郷「行ってみようかな」
来実「うんうん、それがいいよ!」


○学校・教室(放課後)

来実「お見舞い行くの?」
美郷「うん、これからちょっと食べられそうなものコンビニで買っていこうかなって」
来実「いいじゃん!喜んでくれるといいね」
美郷「うん」

それはちょっと自信が無い。
けれど、心配だから顔を見に行きたい。
来実と別れたあと、コンビニへ行き、具合が悪くても食べられそうなゼリーや飲み物を買って、怜の部屋へと向かった。


○学生寮・怜の部屋(放課後)

───420号室。
ここへ来るのは2回目。
恐る恐るノックをした。

怜「はい」

ドアの向こうから怜の声がする。
いつもよりも声が低い。
それがまた美郷をドキッとさせた。
そしてドアが開き、中から怜が出てきた。

怜「誰?」
美郷「私……入ってもいい?」
怜「……あぁ」

怜に部屋へ招き入れてもらう。
部屋の中は今日も綺麗だった。
男の子の部屋は汚いイメージがあったから、普段から整理整頓されているのは意外だった。

怜「どうしたの?……ゴホッゴホッ」

苦しそうに咳をする怜。
そんな怜を心配する美郷。
怜の頬はほんのり赤く染っており、熱があるのが見てもわかった。

美郷「体調大丈夫?風邪で休みって聞いたから……ほら、一応私彼女だし、心配で……」
怜「ありがとう、心配してくれて。ゴホッ……でもあんまり近づくと移っちゃうよ」

ベッドに座ってそう辛そうなのに笑う怜。

美郷「ゼリーとか買ってきたんだけど食べられそう?」
怜「んー、じゃあ食べさせて?」
美郷「えっ?」
怜「ほら、あーん」

そう口を開けて美郷を見る怜。

美郷(本気で言ってるの?でも、桐嶋くんは本当に具合悪そうだし……)

心を決めて、ゼリーと付けてもらったスプーンを開ける。
ぷるんとしたゼリーを一口すくう。

美郷「はい、桐嶋くん」
怜「あーん。ん、美味しい」

ゼリーを食べさせてもらった怜は、満足そうにしている。
怜はそのままペロリとゼリーを完食した。

美郷「思ったよりも元気そうで安心した」
怜「俺だって、そんなヤワじゃないよ。でも───」
美郷「きゃっ」

ベッドにいる怜に腕を引かれて引き寄せられる。
ベッドの上に押し倒される美郷。

美郷「桐嶋く……」
怜「弱ってる男に近づくのは危険だよ?」
美郷「えっ、桐嶋くん、なにっ……」

後ろからギュッと抱きしめられる美郷。
するとすぐに怜の寝息が聞こえた。

美郷(やっぱり、体辛かったんだ……)

じんわりと怜の熱が体越しに伝わってくる。
身動きが取れない。

怜「美郷……行かないで」
美郷「……えっ?」

怜は確かに寝ている。
それは怜の漏らした寝言だった。
いつもの怜からは想像のつかない弱い声。

美郷「桐嶋くん……」

美郷(桐嶋くんはどんな夢を見ているんだろう……桐嶋くんに何があったんだろう)

そんな疑問がたくさん出てくる。
抱きしめられたまま身動きの取れない美郷は、そのまま眠ってしまった。


○学生寮・怜の部屋(夜)

美郷「んんっ……」
怜「あ、起きた?」
美郷「あれ、私……」

重い瞼を擦って起き上がる。
怜はミニキッチンでお茶をいれていた。

怜「ぐっすりだったよ、美郷」
美郷「あっ……」

そうだ。桐嶋くんのお見舞いに来て……そのまま私も寝ちゃったんだ。
何があったのか思い出す。

美郷「桐嶋くん、体調は?」
怜「あぁ、寝たらだいぶ良くなった」
美郷「そっか、よかった」

本当に怜はもう顔も赤くないし、元気そうで安心する。

美郷「そういえば……」
怜「何?俺、なんかした?」

弱々しい声をした怜のことをふと思い出す。

美郷「ううん、なんでもない」
怜「ふぅん」

それはなんとなく聞いてはいけない気がして、それ以上聞くのはやめた。




○学校・グラウンド(朝)

テストが終わり、体育祭がやってきました。
運動がそんなに得意ではない美郷は、全員参加種目の大縄とクラス別対抗リレー、選択種目の綱引きに出ることになった。
仲良しの来実も一緒。
学年別で色違いなジャージを着て、グラウンドに全校生徒が集まっている。
天気は晴天。
絶好の体育祭日和。
みんな気合いが入っていた。

体育祭委員「これより、第63回体育祭を開催いたします!」

体育祭委員の言葉で周りがわぁっと盛り上がる。

来実「頑張ろうね、美郷ちゃん」
美郷「うん、頑張ろう」

最初の種目は大縄跳び。
実は一番苦手な競技が大縄跳びの美郷。
縄に引っかかってしまわないか、ドキドキしていた。
大縄の隣にピッタリのとくっついて並ぶ。

体育祭委員「3分間何度跳んでもかまいません。その中で一番跳べた回数がそのクラスの成績になります。準備はよろしいですか?行きますよ!よーい、スタート!」

体育祭委員の声でいっきにみんなの目の色が変わる。

男子生徒「行くぞ!そーれ!」

大縄を回すクラスメイトが掛け声をかける。
それに合わせてみんながタイミングをとる。
練習の時には引っかかって止まってしまうのが早かったけれど、今日は順調だ。
回数を跳んでいくにつれて、足が上がらなくなってくる。

美郷(つらい……でも、頑張らなきゃ)

足を引っ張るわけにはいかない。
必死に足を上に上げた。

ピピーッ!

笛の音が鳴る。
競技終了の合図だ。
結果発表を待つためにその場に体育座りをして待つ。
息が上がっていて、呼吸をするのがやっと。
数回止まってしまったけれど、クラスの新記録は達成した。
本番ということもあって、クラスみんなの団結力が深まっていたと思う。

体育祭委員「結果を発表します。1組、54回。2組、46回───」

私たちは3組に負けて、第2位の成績だった。
随分と健闘した方だ。
みんなは自分たちに拍手を送った。

次の1年生の競技は、男子による騎馬戦。
それには、怜も参加する予定だった。
競技が始まる頃には、ギャラリーがたくさんできていた。

来実「やっぱり桐嶋くん人気だね」
美郷「うん、そうだね」
来実「もちろん美郷ちゃんが応援するのは桐嶋くんだよねーっ?」
美郷「う、うん」

美郷(仮にも彼女なんだから応援しないと、だよね)

みんな名前を呼ぶのは怜。

女子生徒1「桐嶋くん頑張れ!」
女子生徒2「怜くーん!応援してるよー!」

それはクラスを飛び越えて敵のクラスの女の子たちも怜を応援するほど。
他クラスの男子生徒は、文句を漏らすほど。
怜は騎馬のトップ。
頭に巻いたハチマキがとっても似合う。


美郷(ハチマキを巻いてもかっこいいなんて、さすが桐嶋くん)

美郷「頑張れ、桐嶋くん」

そんな声は他の女子生徒たちの声に消されてしまったけれど、確かにその瞬間怜がこちらを見た気がした。

頭も良ければ、運動神経も抜群な怜。
始まった途端、反感もかってしまっていたからか、一気に攻められていた怜だったけれど、綺麗に避けて、どんどんと相手のハチマキを奪っていく。
その姿は確かにかっこよかった。
見事騎馬戦は、怜のおかげで第1位という好成績を収めた。

体育祭中盤の学年対抗の綱引きも難なく終え、体育祭ラストの種目、学年別対抗リレーの時間になった。

来実「なんか緊張してきた」
美郷「その気持ちすごいわかる」
来実「一人一人の責任感じるよね」

そんな会話をしながらて競技の場所へと移動する。
大縄跳びとはまた違って、一人一人注目されているのがすごく嫌だ。
順位を落としては行けないという無言の圧力を感じる。
大縄跳びも嫌だけど、リレーもあまり好きじゃない。

美郷(足が早かったら好きになれたかもしれないのになぁ)

美郷が走るのはリレーの中盤。
無難な順番だ。
しかもバトンを渡す相手は来実。
来実が待っていてくれるとわかっている美郷は心強かった。

先頭がピストルの音を合図にスタートする。
待機列からは、自分のクラスを応援する声が飛び交っている。
美郷もそんな声に合わせて自分のクラスを応援する。
1組は運動神経がいい人が集まっているのか、好スタートで、1位2位を争っていた。

美郷「あっ、桐嶋くん」

5巡目で怜にバトンが渡った。
速い。
ずっとトップを接戦で争っていたのに、ここで2位のクラスと差を広げていた。

美郷(さすが桐嶋くん。すごい。桐嶋くんは私と違ってなんでもできちゃうんだから)

そのままどんどん差を広げて、次の人へとバトンを繋げた。
腕で汗を拭う怜。
そんな怜に、美郷は胸がキュンとした。

美郷(ちょっとかっこいいかも……)

リレーはどんどんとバトンを繋いでいき、ついに自分の番になった。
繋がれたバトンが近づいてくる。

美郷(私ならできる。頑張れ、美郷)

自分に喝を入れて、奮い立たせる。
なるべく順位を落とさないように。
差を縮めないように。

男子生徒「はい!」

バトンが繋がれた。
後ろは見ない。
前だけを見て走る。
グラウンドに小石が転がっていた。
それに運悪く美郷はつまづいてしまった。

美郷「わぁっ」

バランスを崩す。
しかし、何とか体を戻して、転ばずに済んだ。
来実が居るところまであと少し。

来実「美郷ちゃーん!」
美郷「はあっ、はあっ、来実ちゃん、お願いっ!」

バトンは無事に繋がれた。
それにホッとする美郷。
安心して力が抜けたからか、右足首がズキっと病んだ。
さっきバランスを崩した時だろうか。
足首を捻ってしまったのかもしれない。

怜「大丈夫か、美郷」
美郷「へっ?」

すぐに駆け寄ってきたのは怜だった。

怜「さっき、足捻っただろ」
美郷「なんで……」

美郷(なんでわかるの?)

怜「ほら、乗れよ」

そう言って、怜は美郷の前に背中を向けてしゃがみこむ。

美郷「乗れって……」
怜「保健室連れてくから、ほら、早く乗れ」

美郷は言われるがまま背中に乗った。


○学校・保健室

ガラッと開けて中に入る。

怜「ちっ。誰もいねーじゃん」

怜はそっとベッドの上におろしてくれた。
保健室には誰もいない。
そう言えば、少し前に保健室の先生が呼び出されていたような……
私の他にけが人がいたのかもしれない。

怜「ちょっと待ってて」
美郷「うん」

怜は棚をあさって、何かを探していた。
探していた何かを見つけたのか、また怜が美郷の元へとやってくる。

怜「足見せて」
美郷「うん」

痛む右足を怜に見せる。

怜「まだそんなに腫れてないな。きっと腫れてくるだろうから湿布してテーピングしておく」

怜は慣れた手つきで足に湿布を貼り、テーピングをしていく。

美郷「どこかで何かやってたの?」
怜「何が?」
美郷「それ、慣れてるみたいだから」
怜「中学の時バスケやってたからよく足捻ってテーピングとかしてたんだよ」
美郷「へぇー、そうだったんだ」

怜の新しい一面を知った。

美郷「きっとバスケしてる桐嶋くん、かっこいいんだろうな」
怜「……っ」
美郷「通りで運動神経抜群なわけだよ。騎馬戦もリレーもかっこよかった」
怜「なぁ」
美郷「ん……?」

世界が反転するのは一瞬だった。
ベッドの上に押し倒される美郷。
そっと唇が重なった。

美郷「……んっ」
怜「……っ」

すぐに離れた唇。
美郷も驚いていたが、それ以上に驚いていたのは怜だった。

美郷「今……」
怜「煽った美郷が悪い」
美郷「煽っ……」
怜「……ごめん。戻ろう。乗って」

怜は顔を隠すように反対を向いてしまった。
美郷はどうしたらいいのかわからず、怜の言う通りにまた背中へ乗った。


○学校・グラウンド

来実「美郷ちゃん!足捻ったんだって?大丈夫?」
美郷「うん、大丈夫。き、桐嶋くんが、手当してくれたから……」
来実「そっか、良かった」

怜は、美郷を置いたあとすぐにクラスの中へと消えてしまった。

あの後どんな顔をしていたのかはわからない。
ただ、私の体はずっと熱を持ったままだった。
○学校・教室(朝)

体育祭が終わり、通常授業に戻る。
夏休みが近づいてきていた。
そんなある日、教室中にはある噂が流れていた。

女子生徒1「ねぇ、あの噂って本当?」
女子生徒2「噂って、花咲さんと桐嶋くんの話?」
女子生徒1「そうそう。別れたっぽいって」
女子生徒3「それ聞いた!なんか本当っぽいよね」
女子生徒2「本人に聞いてみてよ」
女子生徒1「え、無理だよー」

そんな噂が流れてしまったことにも理由がある。

来実「おはよー、美郷ちゃん」
美郷「おはよ、来実ちゃん」
来実「今日も美郷ちゃんたちの噂で持ち切りだね」
美郷「うん……でもどうしたらいいかわからなくって」
来実「そうだよねぇ……避けられてるんじゃどうしようもないもんね」

そう。私は今、桐嶋くんに避けられている。
それが始まったのは体育祭が終わったあとすぐのことだった。
あのキスがあったあとから、桐嶋くんに避けられるようになってしまった。

いつも一緒に帰っていた怜と美郷。
それも最近はバラバラになり、美郷が怜に声をかけようとすると、避けるようにどこかへ行ってしまう。
そのことに美郷は悩んでいた。
そして、また違う悩みも出てきている。


○(回想)裏庭(放課後)

男子生徒「花咲さん、急に呼び出してごめんね。話したいことがあって」
美郷「うん、全然いいよ。どうしたの?」
男子生徒「実はずっと前から花咲さんのことが好きで……付き合ってもらえませんか?」
美郷「えっと、その……」
男子生徒「花咲さんと桐嶋は別れたって聞いたんだけど」
美郷「その噂なんだけど、違くて……」
男子生徒「別れてないの?喧嘩中とか?」
美郷「うーん、まぁ、そんな感じで……」
男子生徒「俺なら、そんな顔させないよ?」
美郷「ありがとう。でも、ごめんなさい」

(回想終了)


○学校・教室(朝)

そんな噂を聞いて、告白されることも増えてきた。
みんな噂を信じてやってくる。
その度、うやむやにして流していた。
喧嘩をしたわけではないと思う。
ただ、あの日からずっと桐嶋くんに避けられ続けている。

来実「ねぇ、今日放課後どっか行かない?」
美郷「放課後?」
来実「うん。気晴らしに行こうよ」
美郷「うん、行きたい」
来実「よし、決まりね!」

ちょうどチャイムが鳴り、来実は自分の席へと戻って行った。


○カフェ(放課後)

美郷は来実と放課後、カフェにやってきた。
ドライフラワーなんかが飾られていて、オシャレなカフェだった。

来実「最近ここで来たらしくてさ、来てみたかったんだよねー」
美郷「そうなんだ。オシャレですっごく可愛い」
来実「でしょー?美郷ちゃんも喜んでくれるかなって」
美郷「うん。連れてきてくれてとっても嬉しい!」
来実「美郷ちゃん、何飲む?」
美郷「うーん、じゃあこれで!」

それぞれ注文して、しばらくしてから注文したドリンクが届いた。
来実はカフェモカ。
美郷はバニラフラペチーノを頼んだ。

来実「美郷ちゃんってバニラ好きだよね?この間もバニラ味の飴舐めてたし」
美郷「そうなの、バニラが大好き」

アイスだって必ず選ぶものはバニラ。
ドリンクもバニラがあれば迷わず選ぶ。
生粋のバニラ好き。

来実「うん、バニラと言えば美郷ちゃんって感じ」
美郷「そう言われるのちょっと嬉しいかも」

店内は美郷たちのような学生で埋め尽くされていた。
それくらい今人気のカフェだった。

来実「それで、最近どうなの?進展あった?」

怜に避けられ始めてから、来実には相談していた。
保健室で何があったのかも、来実だけには話していた。

美郷「ううん、何も……」

美郷は首を横に振る。
怜に声をかけようとしても逃げられ、メッセージを送っても既読無視。
徹底的に避けられていた。

来実「美郷ちゃんたちって付き合うフリだったんでしょ?」
美郷「うん。桐嶋くんからそう言われて……」
来実「美郷ちゃんは桐嶋くんのことどう思ってるの?」
美郷「わ、私?」
来実「うん。桐嶋くんと付き合ってみてどう?今避けられててどんな気持ち?」

カフェモカを飲みながら、美郷をじっと見つめる来実。
美郷は視線を外して俯いた。

美郷(私は桐嶋くんのこと、どう思ってるんだろう。)

来実「桐嶋くんと一緒にいたりしてドキドキしたりすることない?」
美郷「それは……する、かも」

最初はなんとも思わなかった。
無理矢理人気者だった桐嶋くんと付き合うことになっちゃって、どうしたらいいかわからなかった。
でもそれから、近くにいる度にドキドキして、桐嶋くんのふとした笑顔だったり、仕草だったりにドキッとする。
胸の鼓動がうるさいくらいに大きくなる。

来実「桐嶋くんに避けられてて、嫌じゃない?」
美郷「いやだ。寂しいし、胸がキュッとなる」

避けられる度に胸が締め付けられる。
悲しくなる。
桐嶋くんとまた話したいと思う自分がいる。

来実「ねぇ、それってさ、もう好きってことじゃない?」
美郷「えっ?」
来実「ドキドキしちゃうんでしょ?避けられて辛いんでしょ?それってもう桐嶋くんのことが好きってことだよ」
美郷「私は桐嶋くんのことが好き……」
来実「そう」

美郷(そっか、私……)

気がついた途端に恥ずかしくなって、バニラフラペチーノを一気に飲んだ。

美郷「うっ……」

冷たいものを一気に飲んで、頭がキーンとする。

来実「もう、動揺しすぎだよ。まぁ、何となく私はわかってたけどね」
美郷「え、本当に?」
来実「うん。だんだんと桐嶋くんを見る目が変わってたもん」
美郷「そっか……」

美郷(改めて言われると恥ずかしい……)

来実「桐嶋くんにはその気持ち話さないの?」
美郷「えぇっ、無理だよ……」

美郷(緊張するし、おまけに今は避けられてるし……)

来実「でも、ちゃんと話さなきゃだよ!お互いに黙り込んでたらこのまますれ違ったままだよ?」
美郷「そうだけど……」
来実「美郷ちゃん、スマホ貸して?」
美郷「うん……?」

そう言われて、美郷は来実にスマートフォンを渡す。
来実は何やら操作をしていて、すぐに返された。

来実「これでオッケー」
美郷「今、何したの?」
来実「これから桐嶋くんの部屋に行くねってメッセージ送った」
美郷「来実ちゃんっ!?ちょっと何して……」

美郷(来実ちゃんってば、なんてことを……!)

来実「そうでもしないと美郷ちゃん、ちゃんと桐嶋くんと話さないでしょ?」
美郷「そ、そうかもしれないけど……」

美郷(確かにそれは図星。このまま私は何もしなかったと思う。)

来実「頑張って!結果がどうであっても私がついてるから」
美郷「う、うん……」

そうして、美郷は桐嶋くんの部屋へと行くことになった。
○学校・教室(休み時間)

突然怜の席にやって来た駿介。
駿介が後ろから怜の首に腕を回して肩を組む。

駿介「よお、怜」
怜「んだよ、駿介」
駿介「おぉ、こわいこわい。みんなの王子様」
怜「それ以上言ったらぶん殴る」
駿介「ごめんって」

駿介は全然申し訳なさそうな顔で、前の席に座る。
そんな駿介を見て、怜は大きなため息をついた。

駿介「どうしたんだよ、最近。怜らしくねぇじゃん」

駿介は突然そんな話を始めた。

怜「俺がらしくないって?」
駿介「あぁ。ずっとしかめっ面してる。シワできるぞ」
怜「あのなぁ」
駿介「本気で言ってんの」

ふざけんなと言おうとしたけれど、それは駿介によって止められてしまった。
駿介は真面目そうな顔をしていた。

駿介「何か悩んでんだろ?」
怜「俺が?」
駿介「そうだよ。最近花咲さんとも一緒に居ないし……」
怜「美郷は関係ない──」
駿介「お前、嘘つく時鼻触るよな」
怜「……っ」

あの保健室での出来事があってから、俺は美郷を避け続けている。
今まで反応が面白くてからかっていたことはあったけれど、本気でしたことはなかった。
あの日は、気づいたらしてしまっていた。
俺自身も驚きが隠せなかった。

駿介「花咲さんと何があったんだよ」
怜「ここで話すことじゃない」
駿介「じゃ、放課後お前の部屋行くわ。逃げんじゃねーぞ」
怜「別に逃げることなんか」
駿介「絶対だからな」

そう約束を取り付けられて、駿介はチャイムが鳴ると同時に席へ戻って行った。


○学生寮・怜の部屋(放課後)

駿介「よお、怜」

駿介は休み時間と同じテンションで部屋にやって来た。
ドアを開けると、その隙間からニカッと笑う駿介。
ハイテンションな駿介に怜はため息を漏らした。

怜「入れよ」
駿介「お邪魔しまーす」

駿介は気を使う様子もなく、ドカッと部屋の真ん中に座った。

怜「ちょっとは遠慮しろよ」
駿介「俺とお前の仲じゃそんなのいらねーだろ」
怜「まぁな」

怜は「なんもねぇけど」と駿介にお茶をいれてあげた。

怜「で、なんだよ。わざわざ俺の部屋まで来てする話って」
駿介「お前もわかってるだろ?花咲さんの話だよ」
怜「……」

何度か駿介に「今日は花咲さんと帰らないのか?」なんて聞かれたけれどずっと聞き流していた。
美郷の話をすることは、避け続けていた。

駿介「花咲さんと何があったんだよ」

教室にいた時と同じ質問をされる。

怜「キスした」
駿介「は?」
怜「だから、美郷にキスした」
駿介「だからなんだって言うんだよ、付き合ってんならキスのひとつやふたつするだろ?」
怜「付き合ってない。付き合ってるフリしてるだけ」

面倒くさいから、駿介にも付き合っているフリをしていることは話していなかった。
怜のカミングアウトに、駿介は驚いていた。

駿介「ずっと嘘ついてたのかよ」
怜「お前、うっかり話しそうじゃん」
駿介「信用ねーなぁ。まぁ、そんなことはいいんだけどさ、本当に付き合ってないやつにキスしたから戸惑ってんのかよ」
怜「……」
駿介「図星って顔してんな」
怜「愛とか恋とかめんどうくせーし、そんなバカげたことくだらない」
駿介「怜の言いたいことはわかるけどよ」

怜の家庭事情を駿介は知っている。
複雑な家庭事情のせいで怜がそういう気持ちを持っていることも知っている。

駿介「だけどさ、また毎日のように告白されてる花咲さん見て、怜は何も思わねーの?」

俺が美郷を避け始めてから、俺たちが別れたという根も葉もない噂が流れていた。
そうしているうちに、俺も告白されることも増えたが、美郷も同じくそうだった。
教室に美郷を呼びに来る男子の姿を見る度に胸がズキっとする。
今すぐに美郷を引き止めたくなる。
何も出来ない俺自身に、イラッとする。
もしかしたらそのまま付き合ってしまうんじゃないかと心配している。

駿介「いい加減自分の気持ちに気づけよ」
怜「気づいてるよ。でも、どうしたらいいかわかんねぇの」
駿介「そんなのちゃんと想い伝えるしかねぇじゃん」

気づいてる。
自分の気持ちになんて、ずっと前から。
他の女子のように俺に擦り寄ってこない美郷を面白い奴だと思ったその時から、俺は確実に美郷に惹かれていた。
ずっと気づかないフリをしていた。

駿介「確かに愛とか恋とかは壊れやすいかもしれない。けど、伝えられる時に伝えねぇと掴めるものも掴めねぇよ」
怜「……」
駿介「花咲さんのこと、誰にも取られたくねぇんだろ?」

誰にも渡したくない。
今すぐにでも俺だけのものにしたい。

するとまもなく、スマートフォンが鳴った。
メッセージの送り主は、美郷だった。

駿介「誰から?」
怜「美郷」
駿介「なんて?」
怜「今から来るって」
駿介「ちょうどいいじゃん。ちゃんと話せよ」
怜「……あぁ」

駿介が帰って間もなくして、ドアをノックする音が聞こえた。

怜「はい」
美郷「み、美郷です……」
怜「入れよ」

ドアを開けて、美郷を部屋に招き入れた。

○学生寮・怜の部屋

怜「入れよ」
美郷「うん……」

怜が美郷を部屋の中へと招き入れる。
2人は間に微妙な隙間を開けて床に座った。

美郷(桐嶋くんの部屋に来たのはいいけれど、これからどうしよう……)

しばらく沈黙が流れる。
重い空気の中、先に声を出したのは怜だった。

怜「突然どうしたんだよ」

怜は目線を合わせようとはせず、ぽつりと呟いた。

美郷「えっと……」

美郷(何から話したらいいんだろう)

美郷「話したいことがあって……」
怜「ふーん。何?」

話したいことがあるとは言ったものの、何をどう話すかなんて決まっていない。
来実ちゃんが勢いに任せて送ってしまったメッセージ。
取り消すこともできず、こうして桐嶋くんの部屋に来たわけだけれど。

美郷(どうしよう)

怜もなぜだか気まずそうな雰囲気で、いつものように話そうとしてこない。
それが余計に美郷を緊張させる。

美郷「も、もうすぐ夏休みだねっ!」

美郷(わ、私ってば突然何を……)

突拍子もなく、変な話題を振ってしまった。

怜「あぁ。もうそんな時期だな」

怜は普通に返事を返してくれた。
そのことに美郷はホッとする。

美郷「あの……よかったら夏祭り一緒にいかない?」
怜「夏祭り?」
美郷「うん。来実ちゃんと加賀くんも誘ってさ」

美郷(本当はこんな予定じゃなかったんだけど……)

来実ちゃんと加賀くんを追加したのは保険だ。
2人きりだと断られてしまいそうだったから。
こんなはずじゃなかったけれど、夏祭りには桐嶋くんと一緒に行きたいと思っていたのは事実。

怜「別にいいけど」
美郷「い、いいのっ!?」
怜「なんでそんなに驚くんだよ」
美郷「いやっ……桐嶋くんに断られるかなと思って」
怜「別に何でもかんでも断るわけじゃないから」
美郷「そ、そうだよね」
怜「話ってそれだけかよ」
美郷「う、うん……メッセージでもよかったよね、ごめん」
怜「いや、別にいいんじゃない?」

本当は違うと思うけれど。
来実ちゃんが背中を押してくれた理由は、きっと気持ちを伝えてこいってことだったと思う。
でも、その勇気はまだ出せなかった。

美郷「じゃあ、私、そろそろ帰るね」
怜「あぁ。またな」
美郷「うん、また明日」

気まずさはまだ抜けなくて、足早に怜の部屋を出てきてしまった。


○学生寮・美郷の部屋

美郷「来実ちゃん……私、何も言えなかった」

部屋に戻ってしばらくして、来実から連絡があった。
報告会という名の電話をしている。

来実「そっかー、まだ早かったか」
美郷「でもね、お祭りには誘えたよ。ほら、夏休み中にある」
来実「いいじゃん!一緒に行ってきなよ!」
美郷「そのことなんだけど……来実ちゃんも着いてきて!お願いっ!」
来実「私も?まぁ、いいけどさー」
美郷「ありがとう、来実ちゃん!桐嶋くんにも加賀くん誘ってもらうように言ってあるからさ」
来実「そっか、加賀くんも来るんだー。楽しくなりそうだねっ」
美郷「うん、そうだといいんだけど……」
来実「じゃあ、告白もその時だねっ」
美郷「ええっ!?」

来実の言葉に驚いて、顔を真っ赤に染める美郷。
1人で恥ずかしくなる。

来実「応援してるよ!じゃあまた学校でねー」
美郷「あっ、来実ちゃ……」

美郷(もう。来実ちゃんってちょっと強引なところがあるんだから……)

告白するのなら夏祭りは絶好のチャンスなのかもしれない。
でも──そんなこと、私にできるだろうか。


○お祭り会場・神社前(夜)

鳥居前の階段で浴衣姿の怜と駿介が待っている。

来実「おまたせーっ」

浴衣姿の美郷と来実が2人の元へとやって来る。

駿介「浴衣姿いいじゃん!2人とも似合ってる!」
来実「ありがとう、加賀くん!2人の浴衣もいい感じ」
駿介「ありがと」

2人で盛り上がる駿介と来実。
その後ろで置いてかれている美郷と怜。

美郷「浴衣……どう、かな……」
怜「似合ってる。……可愛いんじゃね?」
美郷「……へっ?」

美郷(い、今なんて?)

びっくりして立ち止まる美郷。
前を歩く怜の表情はよくわからないが、照れているのを必死に隠している。

来実「美郷ちゃん?何してるの?行くよー」
美郷「う、うんっ!」

鳥居前で待ってくれていた3人の元へと駆け寄る。


○お祭り会場内(夜)

来実「いいね、このお祭りの雰囲気好き!」
駿介「なんかテンション上がるよなー」

美郷と怜以上に楽しんでいる来実と駿介。
2人がいい感じに見える。

来実「あ、射的あるじゃん!ね、やってみてよ」
駿介「え、俺?」
来実「加賀くんと桐嶋くんで!」
怜「え、俺も?」
来実「ほら、いいからいいから!おじさん、2人お願いしまーす」

来実に乗せられて射的をやることになってしまった駿介と怜。

駿介「せっかくなら勝負しようぜ」
怜「あぁ?めんどくせぇ……」
駿介「負けた方がジュース奢りな」
怜「はぁ……」

怜は納得がいっていなかった様子だが、渋々参加していた。
結果は駿介が全敗。
怜が一発当てた。

怜「俺の勝ち」
駿介「くっそぉ……本当なんでもできるよな、怜」
怜「別に」

肩を落とす駿介。
怜がおじさんから景品を受け取っていた。

駿介「俺の奢りかよー」
来実「まあまあ、相手が悪かったねー」

来実になぐさめられながら前を歩く駿介。
そんな2人を横目に、後ろを美郷と怜は歩く。

怜「これ、あげる」
美郷「えっ」

怜が差し出してきたのは、バニラアイスがシロクマの形をしている可愛いアイスのキーホルダー。

美郷「可愛い……私、バニラ好きなんだ」
怜「ふーん、良かったじゃん」
美郷「大切にする」

桐嶋くんから貰った初めてのプレゼント。
ギュッと手に握りしめた。

それから4人で屋台を回った。
焼きそばを食べたり、あつあつなたこ焼きを頬張ったり。

美郷「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」
来実「1人で大丈夫?」
美郷「うん、大丈夫大丈夫!行ってくるねー」

美郷は1人離れてトイレに行った。
無事に用を済ませ、その帰り道。
ふとカバンを見て気がつく。

美郷(キーホルダーがないっ!)

怜から貰ったキーホルダーをカバンにつけておいたが、何かの拍子に外れて落としてきてしまったようだった。

美郷(どうしよう。せっかく桐嶋くんがくれたのに。どこに落としてきちゃったんだろう……)

キョロキョロと探してみるものの、人が多すぎて見当たらない。
どこに落としたのかもわからない。
このままじゃ戻れないと、何度も通ってきた道を探して回った。

怜「おいっ、何してんだよ!」
美郷「きゃっ」

怜に思いっきり腕を引かれる。

美郷「き、桐嶋くんっ……」
怜「全然戻ってこないで、心配させんなよ」
美郷「心配、してくれたの……?」
怜「……っ」

怜は答えてくれなかったけれど、それだけでも嬉しさを感じる美郷。

怜「こんな人混みでかがみこんで何してたんだよ」
美郷「あの……もらったキーホルダー、どこかに落としちゃったみたいで……」
怜「あんなのなくしたって全然……」
美郷「ダメなのっ!あれは……初めて桐嶋くんが私にくれたプレゼントだからっ!」
怜「……っ。わかった。一緒に探そう。その前に駿介に連絡しておく」
美郷「うん、ありがとう」

それから30分ほど探して、道の端っこにある石の上に置かれているのを発見した。
きっと見つけた誰かが置いておいてくれたのだろう。

美郷「あ、あった!」
怜「そんなに大切なのかよ」
美郷「うんっ」

見つかって大興奮するとともに安心した美郷。
そんな嬉しそうな顔をする美郷に照れ隠しをする怜。

怜「もうすぐ花火の時間だな」
美郷「あっ、もうそんな時間だったんだ……」

思っていたよりもキーホルダーを探すのに時間がかかってしまっていたようだった。

怜「アイツらと合流する時間無さそうだから適当に見に行こうぜ」
美郷「……あ、うん」

意図せず2人きりになってしまった美郷と怜。

怜「ん」
美郷「へっ?」
怜「またはぐれて探すのめんどいから」
美郷「……うん」

怜が差し伸ばしてくれた手を取って、手を繋ぐ。
自分の手がすっぽりと収まる大きな手にドキドキする美郷。
手を繋いで人をかき分けながら前へ進み、花火が見えるポイントへとやってきた。

怜「ここからなら見えるだろ」
美郷「うん、そうだね」

その後沈黙の時間が続く。

美郷(告白するなら絶対今だ……)

怜と2人きりの時間。
それなのになかなか勇気が出ない。
怜はまだ星しか見えない空を見上げている。

美郷(頑張れ、私)

自分に喝を入れる。
今を逃してしまったら、ずっと伝えられないかもしれない。
このまま嘘の関係を続けるのは嫌だ。

美郷「あのさ……私、桐嶋くんのこと好き───」
怜「俺、美郷のことが好きだ」

美郷と怜の声が重なって、それと同時に綺麗な花火が打ち上がった。